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「ありがとう、お姉ちゃん。毎日送り迎えしてくれるようになって」
助手席に座る清花が、照れくさそうにしながら、感謝を伝えてくれる。
清花は車に轢かれた恐怖で、外に出ることが難しかった。お姉ちゃんと一緒じゃないと外に出られない。一緒じゃないと外に出た途端、恐怖で竦み上がって動けなくなる。だから毎日こうして、高校まで送り迎えをしている。
「別に良いよ。それより学校はどんな感じ」
「何その質問、へんなのー。普通だよ、いつも通り。友達はお母さんが死んだのを心配してくれるし、怪我で苦労してたら手伝ってくれて、みんな優しいよ」
清花の瞳が潤んでいるのがわかる。そこには確かに母親を喪ったことへの悲しみが込められている。
その気持ちにどう寄り添うのが、朱雀らしいのかを考える。
だけど答えは出ない。わからない。
「そう。それならよかった」
「……お母さんも誘って三人で旅行行きたいって話もしてたのに」
ぼんやりと景色を眺めている清花が、そんなことを口にする。
「あんまりイチャイチャ出来ないけど、たまにはそんなのも良いかもって、思えるようになったのに……」
どう答えたら良いのかわからない。二人がどんな会話をしていたのかなんて、想像もつかない。私のことをどんな風に思っていたかも、本当のところはわからない。
ただ黙っているしかなかった。私が朱雀として清花と過ごしたこの一ヶ月では、登下校の間を埋めることさえ難しいままだった。
「……どうしたのお姉ちゃん? 最近口数減ったよね。何かあったの……ってこんな聞き方変だよね。ごめん」
清花が私に不信感を募らせているのがわかる。いや、不信感という表現は正確ではない。自分の中で何かが狂ったことへの違和感が、表面に現れ始めている。
自分で自分を守るために記憶を改竄させたのに、自分でその虚構を暴こうとしている。
そんな清花を見ているのは、痛ましくて仕方がない。だからと言って誰にもどうしようもない。朱雀ではなく、私が死んでいた方が、今よりは、ほんの少しはマシだったのかもしれない。
当たり前だけど、誰かの代わりになるなんて、誰にも出来るはずがない。ましてそれが、最愛のお姉ちゃんの代わりとなれば、なおさら務まるはずがなかった。
姉妹で恋人同士。それは一体どんな距離感だったのだろう。相手の全てを知っていたりしたのだろうか。
仕事で家を空けていることが多かったから、娘たちと触れ合う時間は少なかった。思い返せば、清花の面倒は朱雀に任せきりになっていた。
朱雀は清花のお姉ちゃんでもあり、母親でもあり、恋人でもあった。だとしたら、仕方がなかったとはいえ、半ば育児放棄していた私が朱雀のフリをするなんて、無理があった。
「着いたよ清花。それじゃ行ってらっしゃい」
「ありがとうお姉ちゃん。お仕事頑張ってね」
車から降りた清花が手を振りながら、友達の輪に入って行く姿を見送って、職場へと向かった。
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