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さっきからやけにお腹が鳴いているのは、アサリのクリームパスタを食べ損ねたせいだ。
あれだけ全身、パンツまでズブ濡れの状態で、まさか熊オジサンの店に戻る訳にもいかず、
わたしは早々に家に帰ると、シャワーを浴びて服を着替えた。
これでもテスト期間中のJK。
明日の苦手な数学に備えて、勉強しようと机についたけど……
気がつけば開いた教科書とノートは、1時間前のページから、微動だにしないまま止まっている。
窓の外はすっかり夕闇が覆い始めており、わたしは思い出したようにカーテンを閉めると、さも猛勉強でもしたみたいに、椅子にもたれて伸びをした。
さっぱり勉強に身が入らないのは、お腹が空いてるためだろうか?
それともさっきの金髪の事で、まだむしゃくしゃしてるんだろうか?
大きくため息を投げ出すと、わたしは学校の鞄を持ち上げた。
そこから入れっぱなしの参考書でも取り出せば、至って勤勉な学生なんだろう。
けれども、そんな気もおきないわたしが手に取ったのは、鞄の横っちょにつけたアクセサリーだった。
これはでも……アクセサリーなんだろうか?
キーホルダー?
1枚だけのサクラ貝に穴を開けて、ガラケーのストラップの紐を通しただけの単純なシロモノ。
梨奈なんかは気を使って、凄く綺麗な貝殻だって言ってくれたけど……
これがまだ、巻き貝ならばわかる。まだ絵になる。
なのに二枚貝の片方だけをぶら下げたって、いくら綺麗な色でもみすぼらしいに違いない。
なのにお父さんは、どうしてこんなものを後生大事に持ってたんだろうか。
──本当は、わかっていた。
勉強がはかどらない一番の理由は、アサリパスタでもなく、下手くそサーファーでもなく、途端にお父さんの面影が頭から離れなくなってしまったからだ。
久しぶりに海に潜った時、力強い潮力と優しい浮力に包まれ、何だかお父さんに抱きしめられてるような感じがした。
それでなくたって、自分がこの町を離れるって自覚したあたりから、何でもない景色の中に、元気な頃のお父さんの姿が重なって見える事があるんだ。
自分ではとっくにもう、立ち直ったつもりでいたのに──
この頃は、何だかお父さんの幻に追いすがってばかりで、このままじゃあわたし、この町を巣立っていけそうにないかも……
玄関の扉が開く音と同時に、「ただいまぁ」という声が、わたしの部屋までよく通る。
お母さんが、帰って来たらしい。
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