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お姉ちゃんが遠くの専門学校に行ってしまってから、夕御飯の手伝いはわたしの役目になっている。
キッチンへ行くと、お母さんがパンパンに食材の入ったエコバッグをテーブルに置きながら、わたしを見て「いいのに」と言った。
いいのに、っていうのは、テスト期間中くらい手伝いはいいから、本業である学業に専念しろって意味だと思う。
それでもわたしが部屋へ戻らなかったのは、やがて訪れる1人暮らしに備えて、料理の勉強をしようという自立心──
──じゃなくって、何となくお母さんの側にいたかったからだ。
ポッカリ空いてしまった心の穴を、お母さんの温もりで埋めたかったのかもしれない。
お母さんは「ふぅん」と珍しいものでも見るようにこっちを見てから、ブラウンに染めた髪を掻き上げて、後ろで束ねた。
お母さんはお父さんが亡くなってから、女手ひとつでわたし達姉妹を育ててくれていた。
決して給料が良いわけじゃない缶詰工場。
女性では少ないと聞く夜勤有りの交代勤務で、何とかかんとかお姉ちゃんを短大まで行かせてくれた。
進学組も多いわたしの高校で、わたしが最初から就職を希望していたのは、お母さんを少しでも助けてあげるため。
みんなからファザコンだって言われてたわたしだけど、ちゃんとお母さんのことだって大切に思ってるんだから。
具材と皮をキッチンに広げて、2人で包む餃子。
大きなお皿の上に、お母さんが手際良く包んだ完璧な餃子と、わたしが包んだ不格好な餃子が交互に並んでいく。
女同士の親子だから、黙々とした作業にはならなくて、そこにはいつも弾む会話があった。
「ねぇお母さん、今日ね、浜で変な男の子に会った」
「変な男の子?
変質者みたいな……ヤバい感じ?」
「いろんな意味でヤバいのには違いないんだけど……
なんかね、凄くぶっきらぼうで、わたし頭きちゃった」
「あら、ぶっきらぼうな男は、悠海(ゆうみ)の得意分野じゃないの」
「え、わたしが?」
「そうよ、あんたのお父さん、ぶっきらぼう選手権のチャンピオンみたいな人だったんだから。
そんな人にしつこくまとわりついて、いつの間にかデレデレにしちゃうなんて、あんたぶっきらぼうを手懐ける才能あるわぁ」
どうせ才能を授かるのなら、もうちょっと輝けそうな才能にして欲しかった。
朗らかに笑い声を上げるお母さんの前で、わたしはやっぱり “お父さん” というワードに反応してしまっている。
「ねぇ、お母さん。
お父さんてさ、どんな人だったの?」
「え?
あんたくらいお父さんにベッタリくっついてた子はいないんだから、悠海が一番良く知ってるでしょ。
あの通りの人だよ」
「そうじゃなくって……
わたしが産まれる前の、若い頃のお父さん……
ほら、お父さんて、お母さんみたいに何でも喋ってくれるタイプじゃなかったでしょ?
だからわたし、お父さんのことで知らない事とかも、いっぱいあるのかなぁ……って」
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