11人が本棚に入れています
本棚に追加
/129ページ
.
お母さんは餃子を包む手を止め、しばらくわたしを覗き込んでいた。
目尻の小皺に反して、依然活力の衰えない瞳に、わたしは心の中まで見透かされそうで俯いてしまう。
「悠海は、例えばどんなことが知りたいの?」
「うん……例えば、お父さんの形見にもらった、サクラ貝のアクセサリーのこととか……」
「あぁ、あれ?
あれはわたしも、ずっと怪訝に思ってたんだよねぇ。
あんなカワイイ貝殻ぶら下げてるなんて、あの人のガラじゃないしねぇ」
「え、お母さんも知らないの?
どう考えても女性との思い出の品って感じなんだけど……
だけど熊オジサン、お父さんはお母さんと出会うまで、浮いた話もなかったって言ってたしなぁ」
お母さんは餃子の皮を置き、改めて何かを考えるみたいに天井の方を向いた。
棚の上につけた小型扇風機が、首を降りながら2人を交互に冷ましていく。
何回目かの風が、お母さんの前髪を涼やかに揺らした時、
お母さんは悪戯を思いついた子供みたいに、突然目を輝かせて言ったんだ。
「わかったっ、お父さん、実は浮気してたんだっ!」
「えぇっ、う、浮気っ!?」
なんてショッキングな単語を、嬉々とした表情で娘に言う母なんだろうか。
お父さん大好きっ子だったこのわたしが、
「あーなるほど、それなら合点がいく」
なんて言うとでも思ったんだろうか。
「な、何言ってんの、お母さんっ!
お父さんが浮気なんてするはずないよっ!」
「いんや。
わたしには心当たりがある。
そうだ、きっとそうに違いない!」
「え、ウ、ウソーッ!?」
したり顔で笑みを浮かべるお母さんには、わたしのこの愕然とした顔が見えているのか?
確かにわたしは、お父さんの事をもっと知りたいと思った。
だけど、こんな大人世界のドロドロを見せつけらるのは、わたしの意図したモノとまるっきり違うじゃないか。
「でもまぁ……浮気相手が人魚じゃあ、わたしも肩の張りようがないわね」
ポツンと漏らしたお母さんの言葉に、奈落の底に落ちかけた顔を再び上げる。
「……人魚?」
「そう、人魚。
お父さん、わたしと出会う前にさ、海で人魚を見たんだって。
すんごく綺麗な人魚でね、そりゃあもう、ぞっこんって顔でわたしに話してきたんだよね」
「その人魚と……浮気してたの?」
「そう。
きっと今頃は海の中で、人魚の彼女と楽しくやってんでしょうよ」
満面に笑みを浮かべて言うお母さんに、わたしは全身の力がヘナヘナと抜けてしまった。
.
最初のコメントを投稿しよう!