第1話 《謎の下手くそサーファー》

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. お母さんは餃子を包む手を止め、しばらくわたしを覗き込んでいた。 目尻の小皺に反して、依然活力の衰えない瞳に、わたしは心の中まで見透かされそうで俯いてしまう。 「悠海は、例えばどんなことが知りたいの?」 「うん……例えば、お父さんの形見にもらった、サクラ貝のアクセサリーのこととか……」 「あぁ、あれ? あれはわたしも、ずっと怪訝に思ってたんだよねぇ。 あんなカワイイ貝殻ぶら下げてるなんて、あの人のガラじゃないしねぇ」 「え、お母さんも知らないの? どう考えても女性との思い出の品って感じなんだけど…… だけど熊オジサン、お父さんはお母さんと出会うまで、浮いた話もなかったって言ってたしなぁ」 お母さんは餃子の皮を置き、改めて何かを考えるみたいに天井の方を向いた。 棚の上につけた小型扇風機が、首を降りながら2人を交互に冷ましていく。 何回目かの風が、お母さんの前髪を涼やかに揺らした時、 お母さんは悪戯を思いついた子供みたいに、突然目を輝かせて言ったんだ。 「わかったっ、お父さん、実は浮気してたんだっ!」 「えぇっ、う、浮気っ!?」 なんてショッキングな単語を、嬉々とした表情で娘に言う母なんだろうか。 お父さん大好きっ子だったこのわたしが、 「あーなるほど、それなら合点がいく」 なんて言うとでも思ったんだろうか。 「な、何言ってんの、お母さんっ! お父さんが浮気なんてするはずないよっ!」 「いんや。 わたしには心当たりがある。 そうだ、きっとそうに違いない!」 「え、ウ、ウソーッ!?」 したり顔で笑みを浮かべるお母さんには、わたしのこの愕然とした顔が見えているのか? 確かにわたしは、お父さんの事をもっと知りたいと思った。 だけど、こんな大人世界のドロドロを見せつけらるのは、わたしの意図したモノとまるっきり違うじゃないか。 「でもまぁ……浮気相手が人魚じゃあ、わたしも肩の張りようがないわね」 ポツンと漏らしたお母さんの言葉に、奈落の底に落ちかけた顔を再び上げる。 「……人魚?」 「そう、人魚。 お父さん、わたしと出会う前にさ、海で人魚を見たんだって。 すんごく綺麗な人魚でね、そりゃあもう、ぞっこんって顔でわたしに話してきたんだよね」 「その人魚と……浮気してたの?」 「そう。 きっと今頃は海の中で、人魚の彼女と楽しくやってんでしょうよ」 満面に笑みを浮かべて言うお母さんに、わたしは全身の力がヘナヘナと抜けてしまった。 .
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