第1話 《謎の下手くそサーファー》

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. そりゃあこの町は、古くから人魚伝承が残る町。 焼け石に水の町越しイベントなんかでも、それを企画の前面に押し出している。 だけどそんな迷信をここで持ち出してくるなんて、やっぱりお母さんは、まだまだわたしの事を子供扱いらしい。 ため息混じりに「はい、はい」と繰り返してから、わたしは仕方なくお母さんの絵空事に付き合ってやった。 「お母さんは、悔しくないの? お父さんを、その……人魚に取られちゃってさ」 「うーん、そうだねぇ。 悔しくないって言えば嘘になるけど、まぁしょうがないんじゃない? あの人は最初っから最後まで、ずーっと海に魅せられっぱなしの男だったもの。 海にいるほうが、きっと幸せなんだよ。 ……それにね……」 「それに?」 「それに……別にまだ、お父さんの遺体が上がったってわけじゃないでしょう? あの人が死んだって思うよりも、そっちのほうが全然悔しくないわ」 途端に、しんみりとした空気が流れた。 そんな空気を振り払うように、扇風機が懸命に右往左往していた。 やっぱりお母さんも、なんだかんだ言ったって、わたしに負けないくらいお父さんのことが大好きなんだろう。 弱音なんか吐いたことがないお母さんにも、寂しさの綻びを見つけたような気がして、思わず肩がすぼんでしまう。 「あっはっはっはっは! 冗談よ、冗談。 さ、早く餃子作っちゃいましょ、悠海、さっきからお腹の虫鳴りっ放しだよぉ?」 もうすぐ、高校生活最後の夏が始まる。 太陽の光が強ければ強いほど、哀愁みたいな影が色濃くなるのを知りつつある今日この頃。 2つと同じ波が来ないように、同じ時間はもう二度とは戻らないんだって、 お父さんを失ってから、そんな無情な摂理に身をつまされる。 どんな夏になるんだろうか── そんなことをぼんやりと思った時、 何故か昼間の男の子の顔が、さざ波のようにわたしの脳裏をよぎっていった。 .
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