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そりゃあこの町は、古くから人魚伝承が残る町。
焼け石に水の町越しイベントなんかでも、それを企画の前面に押し出している。
だけどそんな迷信をここで持ち出してくるなんて、やっぱりお母さんは、まだまだわたしの事を子供扱いらしい。
ため息混じりに「はい、はい」と繰り返してから、わたしは仕方なくお母さんの絵空事に付き合ってやった。
「お母さんは、悔しくないの?
お父さんを、その……人魚に取られちゃってさ」
「うーん、そうだねぇ。
悔しくないって言えば嘘になるけど、まぁしょうがないんじゃない?
あの人は最初っから最後まで、ずーっと海に魅せられっぱなしの男だったもの。
海にいるほうが、きっと幸せなんだよ。
……それにね……」
「それに?」
「それに……別にまだ、お父さんの遺体が上がったってわけじゃないでしょう?
あの人が死んだって思うよりも、そっちのほうが全然悔しくないわ」
途端に、しんみりとした空気が流れた。
そんな空気を振り払うように、扇風機が懸命に右往左往していた。
やっぱりお母さんも、なんだかんだ言ったって、わたしに負けないくらいお父さんのことが大好きなんだろう。
弱音なんか吐いたことがないお母さんにも、寂しさの綻びを見つけたような気がして、思わず肩がすぼんでしまう。
「あっはっはっはっは!
冗談よ、冗談。
さ、早く餃子作っちゃいましょ、悠海、さっきからお腹の虫鳴りっ放しだよぉ?」
もうすぐ、高校生活最後の夏が始まる。
太陽の光が強ければ強いほど、哀愁みたいな影が色濃くなるのを知りつつある今日この頃。
2つと同じ波が来ないように、同じ時間はもう二度とは戻らないんだって、
お父さんを失ってから、そんな無情な摂理に身をつまされる。
どんな夏になるんだろうか──
そんなことをぼんやりと思った時、
何故か昼間の男の子の顔が、さざ波のようにわたしの脳裏をよぎっていった。
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