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昼下がりの町並みは、今日も快晴の空から励ましをもらって、死にかけた商店街の看板さえ、色とりどりの珊瑚礁に見せていた。
この通りも、いろんな趣向を凝らしたイベントや特典で随分粘ってはきたんだけど、やっぱり大手チェーン店の力にはかなわず、シャッターが下りちゃった所もだいぶ目立ってきている。
でもまだ、わたし達の目当ての店は辛うじて土俵際で踏ん張っており、美容院を曲がったあたりから、さっそく香ばしい匂いで健在をアピールしていた。
年期を感じさせる小さな店舗。
カウンター付きの居抜きの奥で、網の上に並んだ真っ白な太い棒。
ひっくり返すと、甘じょっぱいタレがちょっと焦げてて、網状の焼き目がついている。
梨奈がその香りに吸い込まれるように小走りとなり、居抜きの奥に向かって元気な声をあげた。
「オバチャン、カマボウ2つ!」
ハンバーガーでもなく、クレープでもなく、須羽浜っ子のファーストフードと言えば、この “カマボウ” だった。
工場直送のカマボコを筒状に整形して、割り箸に刺して焼いたモノ。
カマボコの中には、タコとイカがぶつ切りのまま練り込んであり、その贅沢感にもかかわらず、お値段ずーっと120円。
わたし達にとってはソウルフードとも呼べるメジャーな食べ物を、転校してきた晴香ちゃんが“知らない”と言ったことに衝撃を受けたのは、小五の春。
それまで世界中の子供達は、みんなこのカマボウを食べて育ったとばかり思っていた。
「あぁー、美味いっ!
やっぱカマボウ、チョーさいこーっ!」
梨奈が待ちきれんとばかりにかぶりつき、心なしか軽快になった足取りで先を行く。
「児童公園のベンチで食べるんじゃなかったの?
そんなにガッついてたら、公園つく前に無くなっちゃうよ?」
「だね、じゃあさ、冷めないうちにダッシュで公園行こう!」
カマボウ片手に走り出した梨奈を、わたしも呆れ笑いで追いかける。
古く落ち着いた店舗群がグングン横目に流れる中、東京にもカマボウがあればいいのに、なんて、無駄な願望を描いてみる。
児童公園まであと少しの、古本屋が見えて来た時だ。
前を行く赤みがかったポニーテールが、突然風を失った鯉のぼりみたいに、ペタンと萎れてしまった。
急に立ち止まった梨奈の目線は、じっと古本屋を向いており、そこの軒先で立ち読みをしている、同じ高校の男子生徒。
あ……里村くんだ……
おそるおそる覗き込んだ梨奈の顔は、今しがたスカートを振り乱してダッシュしたとは思えない、しおらしいものに急変していた。
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