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今のこの、期末テストが終わった解放感を例えるとしたら、わたしはあの青空を自由に漂う雲だろう。
それに加えて、すぐに夏休みに突入するという神コンボにより、本当に空まで舞い上がり、そのままどこかへ飛んで行きかねないわたしの袖を、梨奈が掴んで引き止めていた。
生徒達を一斉に吐き出した校舎が、晴々しい面持ちでそびえ立ち、校門へ続く敷地には、広葉樹が空でも掴もうとするように枝を張っている。
いよいよ夏本番を醸し出す強い日射しの下で、熱さに弱い梨奈が早々にへたりながら、わたしの袖をまた引っ張った。
「ねぇ、ねぇってば悠海。
なんかいい事でもあったの?」
「え、何で?」
「何でって……あんたのその浮かれよう。今にもスキップでも始めそうな勢いだよ?」
「だって、そりゃあ夏休みだもん。
普通浮かれるでしょ」
梨奈は何となく訝しげな目でわたしを観察した後、体にこもった熱波を吐き出すようなため息をついた。
「あーぁ、いいなぁ悠海は、夏休み、遊び放題だもんね。
あたしは曲がりなりにも受験生だから、勉強、勉強、また勉強だよ。
塾の夏季集中講座も、すぐ始まっちゃうしさぁ」
「そっかぁ……進学組は、そうだよねぇ。
じゃあ今年は、東雲(しののめ)神社のお祭り、一緒に行けないの?」
「いや、それは行くよ。
それくらい行かなきゃ、せっかくの夏休みを丸ごとひとつ損しちゃう気分。
でもね……」
そこまで言って、梨奈は急に周囲を伺い、近くに誰もいないところを見計らって声を潜めてきた。
「でもね、もしかしたら梨奈とは行けないかもしれない。
……上手くいったら……だけどね」
「上手くいったら?」
少し考えたすえ、わたしは、周りをはばかった梨奈のひそひそ声を、台無しにするような大声を上げてしまった。
「えっ、えっ、まさか里村くんとっ!?」
「シィィイィィーーーッ!!」
横を通り過ぎかけた男子グループが、一斉にこっちを見向く。
梨奈は慌ててわたしの口を手で塞ぎ、そのまま頭を引っ張りながら校門から連れ出す。
そして文房具屋の日陰で手を離すと、改めて真っ赤な顔で睨んできた。
「ご、ごめんっ!
え、え、もしかして梨奈、里村くんにコクったの?」
ムッとして何かを言いかけた親友の顔が、たちまち気勢を失い、恋する女子の恥じらいに変わっていった。
「まだ、コクってないよ。
でもね、一緒にお祭り行かない?って、メールしてみるつもり」
「おぉーっ、ついに動くのか!」
「うん……
動いたら、この恋が終わっちゃうかもしれないけど……
動かなかったら、始まることもないかなぁって思って……」
憂いを滲ませる梨奈の表情が、何故か大人びて綺麗に見えた。
夏休みを能天気に浮かれてた自分が、なんだかおこちゃまみたいに思えた。
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