第3話 《最後の夏の最初の一歩》

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. 今のこの、期末テストが終わった解放感を例えるとしたら、わたしはあの青空を自由に漂う雲だろう。 それに加えて、すぐに夏休みに突入するという神コンボにより、本当に空まで舞い上がり、そのままどこかへ飛んで行きかねないわたしの袖を、梨奈が掴んで引き止めていた。 生徒達を一斉に吐き出した校舎が、晴々しい面持ちでそびえ立ち、校門へ続く敷地には、広葉樹が空でも掴もうとするように枝を張っている。 いよいよ夏本番を醸し出す強い日射しの下で、熱さに弱い梨奈が早々にへたりながら、わたしの袖をまた引っ張った。 「ねぇ、ねぇってば悠海。 なんかいい事でもあったの?」 「え、何で?」 「何でって……あんたのその浮かれよう。今にもスキップでも始めそうな勢いだよ?」 「だって、そりゃあ夏休みだもん。 普通浮かれるでしょ」 梨奈は何となく訝しげな目でわたしを観察した後、体にこもった熱波を吐き出すようなため息をついた。 「あーぁ、いいなぁ悠海は、夏休み、遊び放題だもんね。 あたしは曲がりなりにも受験生だから、勉強、勉強、また勉強だよ。 塾の夏季集中講座も、すぐ始まっちゃうしさぁ」 「そっかぁ……進学組は、そうだよねぇ。 じゃあ今年は、東雲(しののめ)神社のお祭り、一緒に行けないの?」 「いや、それは行くよ。 それくらい行かなきゃ、せっかくの夏休みを丸ごとひとつ損しちゃう気分。 でもね……」 そこまで言って、梨奈は急に周囲を伺い、近くに誰もいないところを見計らって声を潜めてきた。 「でもね、もしかしたら梨奈とは行けないかもしれない。 ……上手くいったら……だけどね」 「上手くいったら?」 少し考えたすえ、わたしは、周りをはばかった梨奈のひそひそ声を、台無しにするような大声を上げてしまった。 「えっ、えっ、まさか里村くんとっ!?」 「シィィイィィーーーッ!!」 横を通り過ぎかけた男子グループが、一斉にこっちを見向く。 梨奈は慌ててわたしの口を手で塞ぎ、そのまま頭を引っ張りながら校門から連れ出す。 そして文房具屋の日陰で手を離すと、改めて真っ赤な顔で睨んできた。 「ご、ごめんっ! え、え、もしかして梨奈、里村くんにコクったの?」 ムッとして何かを言いかけた親友の顔が、たちまち気勢を失い、恋する女子の恥じらいに変わっていった。 「まだ、コクってないよ。 でもね、一緒にお祭り行かない?って、メールしてみるつもり」 「おぉーっ、ついに動くのか!」 「うん…… 動いたら、この恋が終わっちゃうかもしれないけど…… 動かなかったら、始まることもないかなぁって思って……」 憂いを滲ませる梨奈の表情が、何故か大人びて綺麗に見えた。 夏休みを能天気に浮かれてた自分が、なんだかおこちゃまみたいに思えた。 .
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