第4話 《伝承の地》

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. つい1時間前、真剣な表情でパドリングの練習をしていた誠斗が、今は呆けた顔で空を見上げている。 雲の欠片さえない夏空は、2人の心のスッカラカンぶりを反映してるみたいで、四方で鳴り渡る蝉時雨は、お笑い芸人を見て爆笑しているオバチャン達みたいだった。 青々とした稲の絨毯を広げる田んぼと、緑でむせ返るような山々。 点在する民家さえも土の中から生えてきたように思える、これでもかってくらいの大自然。 何度見回してもそれだけしかない景色を、もう一度見回し、誠斗がボソリと不平を漏らした。 「おい……なんだここは?」 「なんだって……この辺が上盆地区だよ」 「……で? どれが上盆の森なんだよ?」 「……さあ」 「さあ、って! なんもねぇじゃねぇかよ、どうしろってんだよここでっ!?」 わたし達は、あのメモ用紙に書いてあった地名の1つ、上盆の森を訪ねて来ていた。 ちなみにここは例のチョウチョマークはなかったけど、とりあえず手っ取り早い近場ということで足を運んでみた。 昨日の推理の流れでいくと、この辺にある上盆の森って所も、人魚伝承と何かしら関わりがあるはず──なんだけど…… 一面の田園風景は実に閑散としていて、人っ子1人見えやしない。 そりゃあそうだ。この猛暑の中、しかも1日のうちで最も暑い時間帯に、わざわざ農作業もないだろう。 ただでさえ後継者不足で高齢化してる農家の人が、こんな日射しに晒されてたら、それこそ熱中症で倒れかねない。 こんな所で伝説の謎を解き明かす鍵を探せって言われても、どこをどうすりゃいいのか……あまりにもとりとめのない話だった。 「悠海、お前、通信簿に《思慮が浅くて計画性がない》って書かれたことあるだろ」 「何よっ、とりあえず行ってみようって言ったの誠斗なんだからねっ!」 「お前は地元民なんだから、ここがどういう感じかわかってただろっ! 何の目星もなかったのかよっ!」 「あー、うるさい! 暑いんだから、大声出さないでっ!」 喧嘩するだけでも体力を消耗しそうな暑さの中、2人揃って脱力のため息を重ねる。 じっとしてるだけでも汗がとめどなく吹き出し、このまま干からびちゃあたまらないと、何は無くとも日陰を探そうということになった。 山沿いの狭い道路は、目玉焼きも作れそうな強い照り返しが陽炎をくゆらせている。 それを自転車で数分ほど走ったら、トタン屋根の古いバス停留所が見えてきて、そこのベンチでひと心地つけそうだった。 .
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