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このお店のことは創業した時から知っていて、以来わたしの馴染みのグダリ場だった。
熊みたいなオジサンは岡島さんて名前だけど、わたしは小さい頃から熊オジサンと呼んでいた。
なんでもお父さんの高校時代からの親友らしいけど、見た目からしてどう考えても悪友の類なんだろう。
けれども喫茶店は意外にもオシャレな感じで、熊オジサンの荒々しい印象とはかけ離れている。
カウンター席とテーブル席が3つばかりの店内は、落ち着いた木目調の壁に、広い窓が海と空の光をふんだんに取り入れていた。
目に映える観葉植物の上には、オジサンが趣味で撮った写真がいくつか飾られていて、その上を天井のシーリングファンが、ゆっくりとプロペラの影を滑らせていた。
わたしはオジサンにアサリのクリームパスタを頼んでから、窓辺のテーブル席についた。
砂浜の先にどこまでも果てなく広がる海は、今日も何かが胸に迫るような美しさ。
沖の方では、もうだいぶ波が高くなっているから、サーフボードを抱えた連中が集まり出すのももうすぐなんだろう。
地球って、人智を越えた生命体。
その鼓動の上で遊ばせてもらってるサーファー達は、いったいどれくらいが知ってるんだろう?
愛であり、恩恵であり、そして時に残酷でもある、計り知れない地球の意思みたいなものを──
熊オジサンの写真を見上げ、その中の1枚に目を凝らす。
大きな波を華麗に乗りこなす男性は、若い時のわたしのお父さん。
海が連れて行ってしまう前の、まだわたしの名前を呼ぶことができた、大好きだったお父さん。
あの時は、しばらく海を憎んだりもしたけれど──
それでもわたしはどうしても──根っからの海に育まれた子供だった。
「なぁに、ぼんやりと洋平(ようへい)に見とれてんだぁ?
ほれ、サービスだ。
パスタ出来るまで、もうちょい待ってろや」
熊オジサンは、わたしのテーブルにレモンスカッシュのグラスを置くと、同じ目線をたどるようにお父さんの写真を見る。
「……もう6年になるのか。
洋平が生きてりゃあ、今頃は地元を離れてく悠海(ゆうみ)の事で、ヤキモキしてんだろなぁ」
「そうかなぁ、お父さん、そういうのドライそうだけどなぁ」
「ふっ……あいつは顔に出ないだけだぜ。
ぶっきらぼうな奴だが、ああ見えてお前のこととなるとベタ可愛がりだった。
あいつとは高校の頃からの付き合いだからよ、そういうの俺はわかんだよなぁ」
レモンスカッシュのグラスの水滴が、ひとつ下に伝ってコースターに染み込む。
お父さんがわたしを凄く可愛いがってくれていたのは、なんとなく自分でも自覚していた。
あまり自分からはちょっかい出して来ないタイプだけど、わたしが寄って行けば、どんなに疲れてても全身で受け入れてくれたっけ。
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