第1話 《謎の下手くそサーファー》

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. 写真のお父さんは20代の後半くらいだから、わたしが幼稚園にも満たない頃だろう。 日に焼けて引き締まった体が、大波の圧力を絶妙なバランスで我が物とし、まるで海と一体化しているみたい。 顔立ちだってパッチリ二重のイケメンだったから、娘のわたしからひいき目に見てもカッコいい。 「ねぇ、熊オジサン、お父さんて若い頃モテたでしょ?」 そうだなぁ……と言いながらオジサンは顎髭を掻き、だがなぁ……と口を濁らせる。 「モテたっちゃあ、モテたのかもしらねぇが…… あいつは無愛想だしなぁ」 そんな無愛想さえも親友の愛嬌だったみたいに、オジサンは目を細めて微かに笑う。 「俺達がサーフィンを始めたのは、高校の……あれは2年の時だ。 始めた動機は至って真っ当にして、不純なもの。 まぁ、早い話、女の子にモテてウハウハしたかったのさ。 ところがなぁ、そんな盛りのついた野郎共の中で、お前の親父だけ、なんでか波にのめり込んでっちまってよ。 それこそ女の子なんざぁそっちのけで、ひたすら1人で海にばっかり出てったもんよ。 だから百合子ちゃんに出会うまで、浮いた話も聞いたことがねぇや。 まぁあいつは、海に恋しちまったのかもしらねぇなぁ」 百合子ちゃんというのは、わたしのお母さんの事だ。 なんだかいかにもお父さんらしいエピソードで、ちょっと安心してしまう。 それだけ波に夢中になったお父さんだからこそ、ここらじゃ一番のサーファーだなんて言われるようになったんだろうけど…… 海に恋して、海と一体になったお父さんが、そのまま海へと消えちゃったなんて、なんだか皮肉な話しだよ。 それでも少し胸があったかくなったのは、今まで知らなかったお父さんのエピソードに、触れることが出来たからだろう。 あんまり自分の事を喋りたがらない人だったから、あれだけいつもくっついていたのに、わたしはお父さんの事を実はたいして知らないのかもしれない。 お父さんのイメージが色濃く残った海景色を見ながら、この町を離れる前に、もう少しだけお父さんの事が知りたくなってきていた。 「おっ、あのガキ、また来やがったぞ」 不意に、熊オジサンの台詞が別のモノに飛んだ。 見ているのは砂浜で、そこにはサーフボードを抱えた男の子が、波打ち際に向かって歩いていくところ。 遠くてはっきりは見えないけど、スラリとしながら逆三角形を作る裸体が、若さを感じさせる。 年は多分、わたしと同じくらいじゃないだろうか。 無造作に伸ばした金髪を潮風に奔放に舞わせながら、男の子は仁王立ちになって海を睨んでるように見えた。 「近頃、性懲りもなく毎日のように来るんだよなぁ、あのガキ。 ここらじゃあ、見かけねぇ面でよぉ」 「性懲りもなく?」 「面白れぇから見ててみろ。 多分ありゃあ、サーフィン始めたばっかりの、右も左もわからねぇ超初心者だ。 ずっと波に弄ばれて、塩水ばっかり飲んでやがる」 熊オジサンはそう言うと、意地悪なニヤリ顔を残して厨房へ戻って行った。 .
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