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写真のお父さんは20代の後半くらいだから、わたしが幼稚園にも満たない頃だろう。
日に焼けて引き締まった体が、大波の圧力を絶妙なバランスで我が物とし、まるで海と一体化しているみたい。
顔立ちだってパッチリ二重のイケメンだったから、娘のわたしからひいき目に見てもカッコいい。
「ねぇ、熊オジサン、お父さんて若い頃モテたでしょ?」
そうだなぁ……と言いながらオジサンは顎髭を掻き、だがなぁ……と口を濁らせる。
「モテたっちゃあ、モテたのかもしらねぇが……
あいつは無愛想だしなぁ」
そんな無愛想さえも親友の愛嬌だったみたいに、オジサンは目を細めて微かに笑う。
「俺達がサーフィンを始めたのは、高校の……あれは2年の時だ。
始めた動機は至って真っ当にして、不純なもの。
まぁ、早い話、女の子にモテてウハウハしたかったのさ。
ところがなぁ、そんな盛りのついた野郎共の中で、お前の親父だけ、なんでか波にのめり込んでっちまってよ。
それこそ女の子なんざぁそっちのけで、ひたすら1人で海にばっかり出てったもんよ。
だから百合子ちゃんに出会うまで、浮いた話も聞いたことがねぇや。
まぁあいつは、海に恋しちまったのかもしらねぇなぁ」
百合子ちゃんというのは、わたしのお母さんの事だ。
なんだかいかにもお父さんらしいエピソードで、ちょっと安心してしまう。
それだけ波に夢中になったお父さんだからこそ、ここらじゃ一番のサーファーだなんて言われるようになったんだろうけど……
海に恋して、海と一体になったお父さんが、そのまま海へと消えちゃったなんて、なんだか皮肉な話しだよ。
それでも少し胸があったかくなったのは、今まで知らなかったお父さんのエピソードに、触れることが出来たからだろう。
あんまり自分の事を喋りたがらない人だったから、あれだけいつもくっついていたのに、わたしはお父さんの事を実はたいして知らないのかもしれない。
お父さんのイメージが色濃く残った海景色を見ながら、この町を離れる前に、もう少しだけお父さんの事が知りたくなってきていた。
「おっ、あのガキ、また来やがったぞ」
不意に、熊オジサンの台詞が別のモノに飛んだ。
見ているのは砂浜で、そこにはサーフボードを抱えた男の子が、波打ち際に向かって歩いていくところ。
遠くてはっきりは見えないけど、スラリとしながら逆三角形を作る裸体が、若さを感じさせる。
年は多分、わたしと同じくらいじゃないだろうか。
無造作に伸ばした金髪を潮風に奔放に舞わせながら、男の子は仁王立ちになって海を睨んでるように見えた。
「近頃、性懲りもなく毎日のように来るんだよなぁ、あのガキ。
ここらじゃあ、見かけねぇ面でよぉ」
「性懲りもなく?」
「面白れぇから見ててみろ。
多分ありゃあ、サーフィン始めたばっかりの、右も左もわからねぇ超初心者だ。
ずっと波に弄ばれて、塩水ばっかり飲んでやがる」
熊オジサンはそう言うと、意地悪なニヤリ顔を残して厨房へ戻って行った。
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