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パスタを待っている間、他にすることもないので、熊オジサンの言う“面白いもの”を眺めてみる。
あの髭面がニヤついた通り、彼はサーフィンの基本も知らない初心者で、浅瀬をバチャバチャさせながら緩い波と格闘していた。
必死になってバランスを取り、なんとかしてボードに立ち上がろうとするけど、敢えなくひっくり返るのはもう何十回目か。
それでも彼は起き上がり、何度でもボードにしがみつく。
いい加減苛立って来たのか、ついには寄せる波にキックを繰り出し、その拍子にボードに爪先をぶつけて身悶える始末。
さらに致命的だったのは、どうやら彼は根本的に泳ぎにも慣れていないようで、クロールがまるで溺れた鳥みたい。
あーあ……あれじゃあ海と一体になるどころか、海に喧嘩売ってるようなもんだよ。
あの金髪の見た目からしてチャラそうだし、きっと熊オジサンと同じ、女の子目当てでサーフィン始めた口だろう。
でも、サーフィンはそんなに甘いものじゃない。
お父さんの愛した海は、そんな容易くファッションに出来るほど、軽いものじゃないんだよ。
お前は、ビート板のバタ足から出直して来なさい!
いくら見てても一向に進歩のない下手くそサーファーに、そろそろ飽きてきたわたしは、鞄からスマホを取り出した。
梨奈(りな)から来ていたLINEメッセージは、今日の世界史のテストのことで、さっぱり分からなかったことにわたしも同意を伝える。
厨房からバターのいい匂いが漂っていて、グウと鳴ったお腹をレモンスカッシュでなだめながら、何の気なしに再び海を向いた。
と、そこで──
わたしはストローを咥えたまま、固まってしまった。
例の下手くそサーファーが、ボードを巨大なビート板みたいに使って、グングンと沖のほうまで泳いでいくところだった。
あの辺りは海底が急に深くなっている。
まともに泳げもしない奴が、行くにはまだ早すぎる。
嫌な予感に駆られたわたしは、まんじりともせずに、小さくなっていく男の子を見守り続ける。
そこそこの波。
無謀にも立ち向かう彼。
右に左に揺れながら、懸命にボードに這い上がろうと脚を上げる。
次の瞬間、
ダンプカーみたいに強靭な波が、
アリンコみたいにちっぽけな人間を、
プチッ!と跳ねた。
すぐに浮き上がったサーフボードと、いつまでも見えてこない彼の体。
慌てて沖を凝視するわたしの口元で、レモンスカッシュの氷が、カランと音を立てた。
「あのバカッ!」
「どうした悠海、ほれ、パスタ出来たぞ?」
「わたし、ちょっと行ってくるっ!」
「あぁんっ!?
な、なんだ、いったいどうしたってんだっ!?」
自慢じゃないけど、視力だけはいい。
ほんの一瞬だけだけど、波飛沫に紛れた金髪が、もがき沈むのを見たんだ。
喫茶店を急いで駆け下りる耳に、外部階段の鉄を蹴る音が、カンカンカン!と非常ベルみたいに鳴り渡る。
一気に砂浜を突っ切りながら、わたしは制服のブレザーを脱ぎ、続いて少し蹴躓きながらスカートも脱ぎ捨てた。
大丈夫。スカートの下にショートスパッツを履いているのは、思春期乙女のお約束。
そのまま躊躇なく海へ飛び込むと、わたしは持てる限りの全速力で、男の子が沈んだあたり目掛けて波を切った。
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