第1話 《謎の下手くそサーファー》

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. パスタを待っている間、他にすることもないので、熊オジサンの言う“面白いもの”を眺めてみる。 あの髭面がニヤついた通り、彼はサーフィンの基本も知らない初心者で、浅瀬をバチャバチャさせながら緩い波と格闘していた。 必死になってバランスを取り、なんとかしてボードに立ち上がろうとするけど、敢えなくひっくり返るのはもう何十回目か。 それでも彼は起き上がり、何度でもボードにしがみつく。 いい加減苛立って来たのか、ついには寄せる波にキックを繰り出し、その拍子にボードに爪先をぶつけて身悶える始末。 さらに致命的だったのは、どうやら彼は根本的に泳ぎにも慣れていないようで、クロールがまるで溺れた鳥みたい。 あーあ……あれじゃあ海と一体になるどころか、海に喧嘩売ってるようなもんだよ。 あの金髪の見た目からしてチャラそうだし、きっと熊オジサンと同じ、女の子目当てでサーフィン始めた口だろう。 でも、サーフィンはそんなに甘いものじゃない。 お父さんの愛した海は、そんな容易くファッションに出来るほど、軽いものじゃないんだよ。 お前は、ビート板のバタ足から出直して来なさい! いくら見てても一向に進歩のない下手くそサーファーに、そろそろ飽きてきたわたしは、鞄からスマホを取り出した。 梨奈(りな)から来ていたLINEメッセージは、今日の世界史のテストのことで、さっぱり分からなかったことにわたしも同意を伝える。 厨房からバターのいい匂いが漂っていて、グウと鳴ったお腹をレモンスカッシュでなだめながら、何の気なしに再び海を向いた。 と、そこで── わたしはストローを咥えたまま、固まってしまった。 例の下手くそサーファーが、ボードを巨大なビート板みたいに使って、グングンと沖のほうまで泳いでいくところだった。 あの辺りは海底が急に深くなっている。 まともに泳げもしない奴が、行くにはまだ早すぎる。 嫌な予感に駆られたわたしは、まんじりともせずに、小さくなっていく男の子を見守り続ける。 そこそこの波。 無謀にも立ち向かう彼。 右に左に揺れながら、懸命にボードに這い上がろうと脚を上げる。 次の瞬間、 ダンプカーみたいに強靭な波が、 アリンコみたいにちっぽけな人間を、 プチッ!と跳ねた。 すぐに浮き上がったサーフボードと、いつまでも見えてこない彼の体。 慌てて沖を凝視するわたしの口元で、レモンスカッシュの氷が、カランと音を立てた。 「あのバカッ!」 「どうした悠海、ほれ、パスタ出来たぞ?」 「わたし、ちょっと行ってくるっ!」 「あぁんっ!? な、なんだ、いったいどうしたってんだっ!?」 自慢じゃないけど、視力だけはいい。 ほんの一瞬だけだけど、波飛沫に紛れた金髪が、もがき沈むのを見たんだ。 喫茶店を急いで駆け下りる耳に、外部階段の鉄を蹴る音が、カンカンカン!と非常ベルみたいに鳴り渡る。 一気に砂浜を突っ切りながら、わたしは制服のブレザーを脱ぎ、続いて少し蹴躓きながらスカートも脱ぎ捨てた。 大丈夫。スカートの下にショートスパッツを履いているのは、思春期乙女のお約束。 そのまま躊躇なく海へ飛び込むと、わたしは持てる限りの全速力で、男の子が沈んだあたり目掛けて波を切った。 .
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