第1話 《謎の下手くそサーファー》

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. あんまり無我夢中だったから、そこから先はよく覚えていない。 唯一記憶にあるのは、わたしにすがりつこうとした男の手が、不可抗力とは言え胸を触り、思わず彼の顔面に頭突きを食らわしたことくらい。 気がつけば2人とも砂浜に寝転び、荒い呼吸を弾ませて空を見上げていた。 どれくらいそうしていただろうか。 カモメが一羽、青いスクリーンを横切ったところで、先に上体を起こしたのはわたしだった。 彼は未だ肩で息をしたまま、眩しそうに腕で目を覆っている。 改めて近くで見ると、わたしよりもだいぶ長身のようだ。 決してムキムキではないものの、黒に赤ラインが入った海パンの上では、腹筋がほどよく割れている。 何かしらのスポーツをやってるのかもしれないけど、水泳のほうはからっきし。 そんな奴が、よくぞまあボードを抱えてあんな沖まで行ったもんだ。 幸か不幸か、運良く回収できたサーフボードも、砂に紛れて転がっていた。 わたしは大きく吐き出した息に勢いを乗せ、改めて彼を戒めたのだった。 「初心者が、いきなりあんな沖へ行ったら危ないです。 それにこのボード、初心者にはだいぶ丈が短いですよね。 出来れば最初は、ロングボードから始めたほうが覚えやすいですよ」 彼は何も答えず、ただ息を荒げるだけ。 「見た感じ、あなたはまだテイクオフの段階じゃないですね。 まずは陸でパドリングの練習とか、ボードに腹這いになってスープに流される感覚から掴んだほうがいいです」 なおも無言な彼に、これ以上構ってやる気にもなれなくて、わたしは立ち上がった。 なんて無愛想な奴。 それともまだ気持ちが動転していて、言葉が出てこないのだろうか。 それじゃあ、と言いかけた “そ” の部分で、その時初めて聞いた彼の声が、わたしの足を止めたのだった。 「パド……リング……? スープをテイクアウトして……どうするって?」 「テイクアウトじゃなくて、テイクオフ。 波の上でボードの上に立ち上がることを言います。それも知らないで、サーフィンしてたんですか?」 ますます呆れるわたしの足元で、彼の腕が、覆っていた顔からゆっくりとどけられていく。 切れ長の鋭い目と、筋の通った形の良い鼻。 シャープな顎のラインの中には、冷えきってちょっと青ざめた唇がある。 イケメンと言えばイケメンだけど、でもなんか怖そうな印象。 今さっき無様に溺れていたくせに、彼は命の恩人であるわたしを、睨みつけるような目で言うのだ。 「お前は……サーフィンできんのか?」 「まぁ……ちょっとは」 一応これでも、この辺じゃあ名を売ったサーファーの娘だ。 それなりの一通りは、幼稚園くらいからお父さんに教わってきた。 砂まみれの金髪を、太陽の光に反射させ、男はじっとわたしを見据えている。 随分な真顔で見つめてくるから、わたしが少し後退りした時。 彼の口から、突然不可解な言葉が飛び出してきたんだ。 「なぁ、世界は、変わったか?」 「……は?」 「波に乗って、世界を見る目は変わったか、と聞いている」 .
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