01 いつも同じ車両

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01 いつも同じ車両

 ついこの間から、いつも同じ電車の、同じ車両で会うのは何故か。  家が近いから。  会社が近いから。  質問から予測されるこの二つの答えは、実は二つとも「惜しい!」である。  正解は、同じアパートだから。会社が同じビルにあるから。  もっとも、彼が以上二つのことについて知っているかどうか高木(たかき)には分からない。  偶然隣の吊皮を掴んだ今日、高木はそう思いながら横目で同年代の男の顔を見下ろした。だが、ほぼ一年間同じアパートに住み、毎朝同じ車両に乗っているのだ。流石に顔くらい知っているだろう。  別に男に興味はないが、こう毎日同じ車両で見かけると自然に顔を覚えてしまう。それに、乗っていない日があれば、今日は風邪か遅刻か、くらいのことは考える。それを特別変わっているとは思わなかった。恐らく誰でもそうではないか。  しかも同じアパートの住人で、同じビルに会社があるとしたら尚更。  アパートで見かけたことは何度かしかない。駅までの道順が違うのか、同じ電車の割には実際に乗るまで見かけない。だが、会社の地下の蕎麦屋でも一階のコンビニでも顔を合わせることが頻繁にあるとなれば、別に友達でも何でもないながら、知人のような気がしてもおかしくはないだろう。  だから、つい声が出た。 「鞄、開いてるぞ。鍵落ちんじゃねえの」  男が手に持っている鞄、その外側についたポケットのジッパーが開いていて、キーホルダーがはみ出しかかっている。ラッシュが一番ひどい時間を避けているだけに車内にはまだ少し余裕があるが、誰かの足や鞄にひっかかって落ちないとも限らない。  話しかけられたのが自分だと分からなかったに違いない。男は二秒くらい経ってから、不意に高木の顔を見上げた。  多分身長は百七十ちょい。八十を超える高木の目を見るために、男は少し顎を上げる格好になった。  鋭い顎の線、見開かれた奥二重の目。彼の視線はそのまま自分の鞄に向い、飛び出したキーホルダーに辿り着いて暫しそこに留まった。俯けた横顔をぼんやり見ていて、耳朶に小さな穴が開いているのを発見する。ピアスの穴だ。勿論、今は何もついていない。  男はキーホルダーをポケットに押し込んでジッパーを閉め、再度高木に目を向けた。  どうも、とでも言って、会釈をひとつ。いつも同じ車両に乗る他人の、僅かな触れ合い。  そんな予想は打ち砕かれた。  細身のスーツに身を包み、どこからどう見ても営業職の若いサラリーマン。彼の声は低く、掠れていて愛想がない。 「──誰だ、てめぇ」  彼はいぶかしむように眉を上げ、酷く乱暴な口調でそう言った。
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