04 改札口で待ち合わせ

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04 改札口で待ち合わせ

 一階下に降りて行き、受付にでも渡す。そうしようと思っていたのに出来なかったのは、忙しかったからだ。  出先で客との話し合いがヒートアップし、あわや怒鳴り合いになるところだった。何とかお互い納得できるところで纏められたのは奇跡に近い。先方の自社ビルを出たのは既に八時を回った頃。時間としてはそう遅くもないが、心底疲れ切っていた。  直帰するかも知れないと言って出てきてよかった。  そう思いながら駅に向かい、改札を通ろうとしてようやく古河の定期入れのことを思い出した。小さく舌打ちしたが、今更遅い。今から会社に戻ったところで古河がいるかどうか分からないし、面倒でそんな気にはなれなかった。  どうせ、毎朝同じ電車なのだ。改札口で待っていれば、会えるだろう。 「──高校生の待ち合わせじゃねぇっつーの」  呟いたのは、思いがけず浮き立った心の不可思議さに対する苛立ちだった。そんな気もした。  ところが、古河は現れなかった。  高木は余裕を持って一本前の電車が来る時間には、既に改札に立っていた。アパートで渡すことができればいいのだろうが、部屋番号が分からない。エレベーターのない四階建てのアパートには、一階に四戸入っている。流石に自分以外の十五戸を訪ねて回る気にはなれないから、こうして改札に立っているのだ。  改札口が違うのかとも思ったが、朝の時間にわざわざ遠回りをして乗る人間はいないだろう。いたとしても多分僅かだ。そして、アパートからはどう考えてもここが一番近い。  結局、電車を二本遅らせて、いつもより人口密度の高い列車で会社に向かう。  休みなのか、それとも出張にでも出かけたのか。  別にどうでもいいことだ。  今日こそビルの管理室に届けようと決め、高木は何となく息を吐く。  二度言葉を交わしただけの赤の他人、ただ電車が同じというだけの男。  ポケットに手を突っ込みながらそう自分に言い聞かせ、高木は滑らかなコードバンの表面を指で撫でた。 「待った? いやー、昨日は寝坊しちまってよ」 「……」  古河はへらりと笑って、そうのたまった。 「待ってた、って顔してんじゃん、お前」 「──これ、落としたろ」 「おーサンキュ。そうかなあと思ったんだよ。届いてないって、管理室のおっちゃんに言われたからよ」  翌日の朝、いつもの時間。古河は心なしか疲れた顔で現れ、定期入れを受け取った。 「俺も昨日仕事でずっと外出てたから。部屋に届けようかと思ったけど、部屋どこか知らねえし」 「あ? ああ、そうか。二〇四な」  あっさりと部屋番号を告げ、古河は電車に向かって歩き出す。 「アルコール持参なら大歓迎だぜ。いつでもどうぞ。お気軽に」
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