第九話 took her hand

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第九話 took her hand

小さい頃から、ウソをつこうとする人がわかった。 「これ、なーんだ?」 母の手の平には子供の自分にも明らかにわかる錠剤が握られていたが、笑顔の奥の泣きそうな表情を見て、僕は「ラムネ?」と喜んでみせたりした。 出産前から母は僕が大人になれたとしても、長生きはできないということは決まっていると医者から知らされていたようだった。 今日を生き延びた。 それだけで母は毎日僕の身体に何も起こらなかったことに感謝した。 そんな母を見て、自分には他の人に比べてあまり時間がないのだなということは分かっていた。 学校帰りに遊ぶ約束をするクラスメイトを眺めながら、友達と遊ぶこともできない自分の人生なんて嫌いだと思った。 「どこから越してきたの?」 高校に進学する頃、隣のクラスに香澄(かすみ)が転校してきた。 彼女はいつも温厚そうな犬を連れて散歩していて、友達がいなかった僕も時々近所の公園に行っては読書をしていた。 「隣町から。あなたもこの公園好きみたいね」 彼女が僕をよく見かけると言って笑うので「君も気に入ったの?」と聞くと「この子がよ!」と連れていいる犬の頭をなでた。 自然とぼくたちは一緒に彼女の犬レオを連れて散歩するようになった。 家族以外の人とちょっとした話をするのはとても楽しいことだった。 幼い頃から何をするにも心配されるので、やりたいことがあっても行きたいところがあっても遠慮をしていた部分があった。 どうしたら具合が悪そうに見えないか、そればかりを気にしていた。 香澄といると、自分の身体のことを考えすぎることもなく、最高の時間を過ごすことができた。 けれど、充実した時間を過ごすようになった僕を母は心配し続けた。 そんな彼女に辟易した顔を見せると、「お母さんの気持ち、わかるでしょう?」と言われた。 自分の人生はこうやってずっと心配されながら、行動も拘束されて終わるのだろうかと絶望的な気持ちになることもあった。 「どこへ向かって生きていけばいいのかわからないんだ」 ある日真面目な顔をしてそう言った僕に、香澄はきょとんとした顔をして笑った。 「私たちはまだ若いんだからどこへだって行けるわよ!」 そう僕に言う彼女の表情はとても生き生きとしていた。 「私たち、一緒の高校へ行こう!」 互いの成績など知らなかったが、僕はそうだねと頷いた。 その時の僕は、彼女の導く方に行きたかった。
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