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嘘とか幸せとか嫌いとか
「これあげる」
加奈子さんから渡された紙袋を開けてみると、中にハンカチが入っていた。真っ白な生地の隅に、金色の糸で、花の模様が刺繍されたものだ。
「ひどい人ですね」
「私はあなたが嫌いなんだもの。あなたが嫌がることなら、なんでもやってやるわよ」
「僕の彼女は、性格が悪かったわけだ」
「違うでしょ」
加奈子さんが、こつんと、僕の肩を叩いた。針が刺される程度の痛みだった。
「僕の元カノは、性格が悪かったわけだ」
「よろしい」
加奈子さんは満足そうに笑った。
本当、可愛らしい人だ。
「この先どうするの?」
予想外の質問に、「え?」と間抜けな声が出た。
呆れた。と言わんばかりに、隣の席の元カノはため息をつく。
年も内面も大人な加奈子さんとは違う、子供の僕は「すいません」と謝るしかなかった。
「心配だわ」
「自分でもそう思います……加奈子さんは、この先どうするんですか?」
「私? そうねえ」
加奈子さんは、視線を天井に向けた。考え事をするときの癖だった。
「結婚でもしようかしら」
「え!?」
反射的に顔が動いた。
加奈子さんは僕の顔をまじまじと見ると、にへらっと表情をくずした。
「なに? 私が他の人と付き合うのがそんなに嫌?」
「いや、そういう訳じゃなくて……あのー……そのー」
両手が何を表現するでもなく、あれやこれやと動き回る。他人から見た自分を想像して、顔から火が出そうになる。
「冗談よ」
「え?」
また、まぬけな声が出た。
「冗談。まずは、あっちでの仕事を頑張らなくちゃ。こことは文化も風習も食事も違うんだから。恋愛になんて、かまけてられないわよね」
どこかで安心している自分に辟易しながら、加奈子さんの真面目さに、心の底から感心した。
切り離せることが、大人と子供の差なんだろう。
「でも──」
加奈子さんは、まっすぐ前を向いた。
「いつかは結婚する。絶対に。……だから、あなたも頑張りなさい」
そう言って笑う加奈子さんは、とても綺麗だった。
口の中が苦かった。
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