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第二節 苦労など人知れぬもの
四月二十六日 月曜日 大学食堂
演習初回の顔合わせから一週間。その日の授業と課題を終えた光彦は、大学の食堂へ入る。眼前に広がる窓から差し込む夕日がまぶしい。厨房にいるおばさんに声をかけ
「カツカレーの大盛りを、ひとつ下さい」
と伝えると、白い炊き立てご飯とそれを寝かし付けるように被された、スパイスの香り豊かなルーが盛られたカレー皿を手渡された。
レジで会計を済ませると、適当な席を探す。午後六時という夕飯時のせいで、どの机もごった返していた。光彦と同じように空きを探している学生も多くいる。だがよく見ると席が全くないと言う訳ではなく、一つ飛ばしに空いている箇所が多い。どうせ全員、友達もいないから独りで来たが誰かと隣り合わせで食べるのは抵抗がある人間なのだろう。空いているのだから座ればいいものを、座れないから食べることもできない……そんな彼らを少し哀れに思いながらも、光彦自身も似た境遇であることを鼻で笑った。
光彦は一つ空いている席に腰掛け、手を合わせる。味はいたって普通だが、このボリュームと味で四百円はかなりの安上がりである。少し辛いのが悩ましいところか。 光彦が黙々とスプーンを進めていると、新たに空いた前の席に、二人の影が現れる。同じ高校から来た友人の二人だった。
「おう光彦! 久しぶり」
「ここ空いてる?」
「ああ。空いてる」
二人は光彦の前に座ると、料理を乗せた盆を机に置いた。
「どうだ? 上手くいってる?」
片方のやつが光彦に声をかける。
「何が」
「演習だよ。ほら、別の班になったじゃん」
「そう言うそっちはどうなんだ?」
二人は「大変だ」とアピールするように、笑顔で顔をゆがませた。
「結構本格的な設計になりそうで、先が思いやられるんだよー。制御担当にも経験者がいて、こっちも負けてられないってカンジ」
「俺達は結構、正統派な攻め方するから楽しみにしといて!」
彼らが楽しそうに話すさまは友人として素直に嬉しく思うが、どこか妬ましい。
「で、光彦の班は?」
彼らとは対照的に、光彦は大きなため息を吐く。
(個性的すぎる面々、使えない相方、初めてのプログラミング──)
頭の痛い事しか思い浮かばない。しかしこれを口にしてしまえば、なんだか負けた気がするし、対戦相手にこちらのネガティブ情報を明かすことは情報戦としてご法度のように感じ、光彦は
「まあ、楽しくやってるよ」
と言葉を濁らせると、カレーの辛さと一緒に水で胃へと流し込んだ。
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