第二節 苦労など人知れぬもの

2/11
前へ
/21ページ
次へ
同日 月曜日 学生寮 二〇一号室前  夕食を取り終えた光彦が自室へ戻る。ポケットから鍵を出すと、扉を開き、中へ入る。「ただいまー」という光彦の声に応えるものは無い。畳の長辺同士のみを合わせた四畳一間は、玄関と備え付けのベッドのせいで、使える床面積はせいぜい二畳しかない。ベッドに鞄を投げると、光彦は椅子に腰かけた。古く簡易な事務椅子は、ギシッと耳障りな音を立てる。座り心地も悪い。購買で売っていた安く薄い座布団も意味を成しているとは思えない。しかし、高価な椅子を置く場所も買う金もないのだから、我慢するよりほかはなかった。足回りの錆もひどく、椅子にキャスターが付いているにも関わらず、持ち上げながら移動しなければ動けない。ひと月近く経った寮生活で、最大級の苦痛の一つだ。  光彦は椅子を机へ引き寄せ、机に載っているノートパソコンを点ける。立ち上がるまでの間に、机の上に置いた制御ボードを手に取り眺める。演習室から借り出した緑色の板切れは、素手でも簡単に割ることが出来そうで、どこか頼りない。 「本当にコイツで、物が動かせるのか……?」  所々に接着された黒く小さな部品のお蔭なのだろうが、光彦にはいまいち信じられない。これと似た物が世間のシステムを動かしていることが、とても不思議に思える。 「ま、ものは試しだ。やってみよう」  傍らに置いてある、借りてきた本を取り出し、ページを開いた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加