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自己紹介も兼ねて、自然と身の上話になった。住んでいる町が隣り合っていることを知って、私は余計に驚かされた。それは夕夏も同じで、「まさか、そんな近くに同じひとがいるなんてね」と目を丸くしていた。掛かっている病院も同じだった。
共通点が多いと、話のとっかかりは見つけやすい。
「あの先生、不愛想じゃない?」
ジェンダークリニックのオジサン先生の話になったとき、夕夏は声を潜めて言った。
「夕夏ちゃんもそう思う? 冷たいし話聞いてくれないよね」
「そうそう、思う思う。あっさり診断くれるのは良いけどさ」
「でも、婦人科の先生は好きだなあ……伊藤先生だっけ」
「優しいもんねぇ、あの先生こそカウンセリング向きな感じある。変わってくれれば良かったのに。あのひとは、女神さまっぽいよ」
本当ね。口元に手を当てて私は笑う。浮世離れしていそうなこのひとも冗談混じりの悪口を言って、明るくころころと表情を変える。
学校の話にもなった。女扱いされるためにはどうすれば良いの、と尋ねると夕夏は「そのままで充分女の子だよ」なんて驚いていた。
夕夏は――嫌味なまでに、可愛くてキレイだった。
――そうだ。いっそ――。悪魔的な囁きが聞こえた。
ひと息ついた後に、夕夏ちゃんってメイクも決まってるよね、と話を振る。羨ましいな、と付け加えればあっさりと流れはつくられた。
「彩ちゃんはお化粧しないの?」
「あんまり……本当は、したいんだけど」
「え、何々。すれば良いのに」
「家のひとに止められちゃってて。まだ早い、って。これでも一応はメイク道具揃えたのに、普段は使っちゃ駄目だって」
「何それ意味わかんない。ホル注はオッケーで化粧は駄目? もうカミングアウトはしてるんでしょ?」
うん、化粧も、スカートとかも止められてるの。もちろん、カムはしたし、理解してくれてるから治療はできてるんだけど、そういうものは許可を取らなきゃいけなくて。そのあたりは我慢してる。
ちょっと大袈裟な、本当のこと。私ひとりの意見では覆せない妙な圧力を、他人の意見を借りて押し退けてもらう。こんなに綺麗に変われるかもしれないこと、その事実を知らせることで。
「女の子なんだし、何でやっちゃいけないのさ。肌も顔もこんな綺麗だし、もっともっと可愛くなれる。そんなに素質あるのに、私だったら勿体無い、何でメイクしないのって思う」
ちょっと声を大きくした後、夕夏はかぶりを振ってトーンダウンした。家族に思うところがあるのは、私と夕夏に限らず、私たちの凡そに共有されていると思う。
「制限とかされてるって……母親って強敵よね。ゆくゆくは正式に女の子になるのにさぁ……」
そうだね、大変。私は相槌を打ちながら、このひとのことを母に告げようと心に決めた。元の身体がどうあっても、すっかり変わることができる。自然な女性になれるのだ。私はその生き証人と出会えた。夕夏は味方してくれる。
とっかかりは逃すまい。女の子になるための知識と技術を、このひとは習得している。こんなに綺麗にはなれなくても。少しは変われるチャンスが目の前にある。生まれつきには敵わなくても。
足の指が、ぐ、と収縮した。夕夏と話すのは楽しい。でも夕夏を前にすれば、悔しくて苛立たずにはいられない。同じ境遇を共有できることは嬉しくて、巨大な断崖のような差が――意識したくもない――劣等感を突きつけられる。
何でだよ。何で。
宛てもない無言の悪態が頭の中で渦巻いていた。
スタバを後にして、寒々とした夜道で別れるとき、夕夏は私を軽くハグすると、また会おうね、必ずだよ、と言い聞かせてくれた。澄んだ声は淡く甘い香りを纏っていた。
「彩ちゃんも、もっと自信もって。好きな服を着て、お化粧もして、もっと自己主張して良いの。絶対可愛いんだから」
そうだね、もっと可愛くしなきゃ。伽藍洞な言葉は、いつもより少しだけ高めだ。
「絶対可愛い女の子にしか見えないんだから。もっと背筋伸ばして」
そんな言葉を残して、颯爽と立ち去っていったのだった。
果たして彼女が私と同い年のひとなのか、最後まで信じられなかった。綺麗過ぎた。自然過ぎた。男として産まれて女として生きているイメージと、夕夏の姿はまるで一致しない。
ロングコートのポケットに手を突っ込んで、イヤホンで世界に蓋をする。とびきり甲高いシャウトを大音量で頭にぶち込んだ。ホルモン注射した右肩が寒さに疼いた。自転車を立ちこぎする女子高生とすれ違う。もしかするとあんな姿もあったのかな、と私はかつての私を悔いた。
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