/1. 友だち

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 更なる収穫を求め、エスカレーターに乗って上階に向かっている時、私は前を行く夕夏に尋ねた。 「やっぱり、その――やっぱりさ、夕夏ちゃんって私と同じなわけじゃん。だから……わかるのかなって」 「ん? 何が?」 「……あのコートにしたってそうだなあって思ったんだけど。ほら、どうしても私、肩幅広いし……そういう部分、っていうか。隠し方とかサイズとか、わかってくれてる気がして」  上手く言い表せない。訊きたいくせして言いたくない。確かにこれを表す言葉は用意されているのに、私は蓋してそっぽを向いている。夕夏ならわかってくれてる気がして。  ああそれね。そう頷く夕夏は、その婉曲さを理解したようだった。 「私も背高いし身体こんなだし。そりゃ友だちとか店員さんとか雑誌とかで勉強もするけど、でもわかってくれない部分ってあるのよね。この服そもそもどう着るのー、とか、肩とか腰回りとかがピンポイントできつかったりするのとか。ネット調べても大したこと載ってないしさ」  物憂い視線を、クリーム色の壁とキラキラとした照明のこじんまりとした売り場に投げかけていた。マネキンが着ているセーターとトレンチは、明らかに、私たちには小さすぎる。幾ら気に入ったとしても、あんな雰囲気の店の服を私たちは着られない。 「もう自分で体当たりして獲得してったの。私に合った、私の服の着方。どんな服なら体格隠せるだろう、どんなお店ならちょうど良さげなものを売ってるのだろうって」  こんなキレイなひとでも、私と似た悩みを抱えている。当然だ、同じ高さに目線があるのだから。何でもひっくるめて共感する話し方は私たちの心細さを解消してくれる。 「……他のひとには言えないんだよね、こんなこと。生まれつきの女の子には恥ずかしくて相談できないし、そもそもわかんない部分だろうし、かといって男子とか論外だし」  遠まわしの相談、もしくは愚痴のようだった。男として生まれてしまった身体の隠し方と、私たちらしい着こなし方。夕夏みたいなひとでも、私なんかと同じような苦労をしていると知って安心してしまう。  私たちと同じように談笑している女の子たちとすれ違いながら、夕夏は達観しているように言った。 「この境遇の、MtFにしかわからないこと。男から女になろうとするときに遭遇する問題。MtFじゃなきゃ体感し得ない特有のもの。だから、根本的に私たちは孤立してる。  例えばほら、私って前までスカートよく履いてたんだけど、それって実はトランスし始めた段階だとパンツスタイルって厳しいって知ってるからなんだよね」  ……ああ、そのこと。察しがつく。 「そうだね。そんな事わかるのって私たちくらいかも。だって……ねぇ」  そうだ、こんな話は私たちにしかできない。理解云々以前の話。私以前に社会が蓋をする会話。相手が元男じゃなければ伝わらないし、女子トークにはそもそも相応しくない。 「だからその点、スカートの方が本当は履きやすいんだよね。同じようなデザインのズボンでも、男物と女物じゃあ、つくりが違ってくるから」 「スカートかあ、私、一着も持ってない」 「買っちゃう?」「買っちゃう!」  ひたすらに私たちは服を探しては買っていった。一人だったら知識もセンスも心もとないし、別の誰かとだったらこうやって好きなものを気ままに言い合えなかっただろう。買えば買うほど、私は夕夏から知識を吸い取ってゆく。最近の流行りは何か。色合わせはどうするか。今まで誰も教えてくれなかった、縁遠い知識が隣に溢れていた。
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