第十話

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第十話

f92f76e4-5039-4d92-9c7f-2608cd64a70d 事務所へと戻って 破り取っられた聖書のページと タバコの吸殻を保管した。 双方に男の指紋が残っている筈だからだ。 ただの「金の回収係」かも知れないにしろ、保険金殺人の実行犯と繋がりがあるのだ。 他にも様々な前科があってもおかしくない。 それにしても、人間というものは 本当に懲りない生き物である。 犯罪者達は残留思念、心的残像を読まれる事によって犯行を看破されている。 しかし「残留思念や心的残像を読むことで犯人の手掛かりが掴める」などといった事が科学的に立証されている訳ではない。 事実は知っていれども 証拠として通用しない。 なので証拠として公けに通用する証拠を集めるのは警察にお任せするしかないのだが。 悪党どもの方でも 「証拠を処分しきれていなかったら悪事が暴かれる可能性が高い」 という事に気付いて改心すれば良いものを。 おそらくそういった人間は 「残留思念、心的残像が読まれる、などといった事がある訳がない」 と思っているか、或いは 「本当に残留思念や心的残像が読まれて犯行がバレるのなら、邪魔だ。殺そうか?」 と考えるようになるのだ。 だから真行寺は警察に捜査協力する場合にはプロファイラーという肩書きで出向くことになる。 (それにしても、このDVDを送りつけてきた奴の事も探った方が良いのだろうか…) 真行寺は気になった。 読み出した残留思念や心的残像を念写して、他者の目にもそれが見えるように可視化させるなど… そんなことができる人間は、悪事を働きまくってる連中から見ると「生かしておきたくない」存在かも知れないのだ。 (もしかしたら身元を突き止めて保護する必要があるんじゃないのか?) 他人事ながら心配にもなる。 そんな事を思いながら DVDを手に持っていると 御手洗から連絡が入った。 「お前が調べてくれって言ってた件だけどな。悪いが上からストップがかけられた」 「はあ?」 言われた意味が判らない。 「要するにお前が調べて欲しいって言ってる案件は警察組織の上層部が御歳暮・御中元を貢いでる反社会組織と関連があるって事だよ」 御手洗がハッキリと言う。 (おいおい…) 「まあ、言い方は婉曲で仄めかしに過ぎないんだけどな。 『その件を詳しく掘ると生まれてきた事を後悔する羽目に遭うぞ』って脅しのな」 御手洗が声を低めて不満を滲ませて言った。 「おい、それじゃ絵里のほうは…」 急に真行寺は心配になった。 「俺からもストップがかかった事は話しておく。 お前からもくれぐれもムキになって藪蛇になる事がないように宥めてやってくれ」 御手洗も絵里を心配しているようだった。 (生まれてきた事を後悔する羽目に遭う、か…。そうやって恐怖で蹂躙されながらもムキになって、藪を突いた人間が毒蛇に咬まれて、何人も命を落としていったのだろうな…) 真行寺は 「わかった。それじゃ。気をつけて」 と言って通話を終了した。 結局のところ 「本当の悪党」は捕まらない。 その状況は何人もの人間がムキになって裁こうとし、その為に命を落としても変わらなかったのだろう。 だがまあそうした事態によって 「社会に救いが無いのか?」 と言えば必ずしもそうとは言えない。 集合意識というものの不思議な働きにはおそらく無限の可能性がある。 それこそ 「北京での蝶の羽ばたきが翌日のニューヨークでの嵐に影響する(かも知れない)」 といった 関連性の見えない 「混沌から突如として沸き起こるかのような事象」に関しても 実は制御が可能かも知れないのだ。 ただそうしたバタフライエフェクト的なものの操作は特定の人間一人が背負う訳ではない。 『潜在意識と良好な関係を結んでいる』人間達が、それぞれに自分の身を守りながら潜在意識からメッセージを受け取り、自分の身が危うくならない程度の動きをする。 それこそ蝶の羽ばたきのような 微かな流動を。 そうした次元にアクセス出来ない者達には知りようのない概要で大勢の者達が少しずつ羽ばたきを起こす。 それは校庭で特定の色の服の人間が特定の配置に着かされて「人文字」を形成しているのを、校庭に居る人間達には見えない、という事と似ているかも知れない。 真行寺はふとデスクの上を見遣って、絵里が置いていったらしき夏蜜柑を手に取って匂いを嗅いだ。 爽やかな香りが アングラに蔓延る暴力に支配されたこの社会の陰惨さを ほんの少し薄めてくれているような そんな気がしたのだった…。
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