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第五話
「判ったぞ。映像の備品が使われてたのは去年だ」
御手洗が電話で報せてくれた。
「それなら事件は去年の夏に起こった、という事になるな…」
真行寺が呟く。
「だが死体が発見された、という事実はない。もしかして襲われた女は死んでないのかも知れないな…」
御手洗が言った。
「そうかも知れないな。だがまあ一応じかに『Tホテル』を訪れて、殺意や死に際の念が何処かに残ってないかを探してみる事にするよ」
無駄足になるかも知れないのだが
無駄足になった方が良いのだろう。
そう思いながら真行寺は電話を切った。
O市まで電車で行って、
そこからバスでTホテルまで向かった。
(丁度仕事が入ってなくて暇だったから、こうやって酔狂な謎解きをしていられるんだけど、これはこれでマズイな…。タダ働きはしない主義なんだがな…)
財布を見詰めながら溜息を吐いた。
(そもそも一年も前の事件なら、痕跡が残っている可能性は低い。どの部屋かも判らない訳だし)
そうしてホテルに着いてみると
(これは…)
真行寺は少し考え込んでから
ホテルの裏手に回った。
それで事件現場に該当する部屋がある程度まで絞られた。
ホテルの真向かいにも向かって右手にも裏手にもホテルと同じ位の高さのビルが建っている。
ホテルの向かって左手の建物だけがパチンコ屋になっていて、そちら側のホテルの窓からは街の様子が一望できる筈だ。
映像の中に出てくる窓からの風景には隣接したビルは無く、遠目に街の様子が見えていた。
なのでそちら側の「角部屋」の何処かである筈だ。
勿論1階〜3階まではパチンコ屋が窓からの景色を塞いでいるので除外。
(中をウロウロしても怪しまれないようにしないとな)
と思い、受付けに行って部屋を取る事にした。
予約もしてないので部屋が取れないかも知れないと思ったが、そこまで人気のあるホテルではなかったようだ。
あとは「階を間違えた」と言い張って
4階より上の階の角部屋付近を嗅ぎまわるだけだ。
そう思って捜査を開始した。
ーーが
やはり事件と関連のありそうなものは何も出ない。
寧ろもっと猥雑な残留思念や心的残像が彼方此方に残っているので、
それらを読み取ることで消耗した。
なので4階から6階まで調べたところで
自分がチェックインした7階の部屋に行って、少し休憩する事にした。
(まさか俺が取った部屋が現場とかじゃないよな?)
と期待とも怖れともつかない感情でもって、入室すると同時に感覚を研ぎ澄ましたが、やはり殺意や死に際の念とは無縁の残留思念が読み出せた。
ただそれはそれで何とも犯罪臭いものだった。
死を運ぶ鉄の塊。
拳銃のようなものの質感が手の中に生じて
(渡した途端に殺られて、金を持ち去られるのは御免だ)
という意思が伝わってくる。
その商品が如何にその金額に見合う品物であるかを力説しながら
相手が妙な気を起こさないように警戒する心理が起こるのだ。
相手が大人しく帰って行くと
ホッと息を吐いた。
そんな残留思念が真行寺本来の心理状態を乗っ取って再現されたのだ。
(これは別件になるけど、絵里と御手洗に知らせておいた方が良いだろうな…)
と真行寺は気付いて携帯電話を取り出した。
「絵里か?お前、銃の密売とかを調べてる科の奴らと面識あるか?」
真行寺は単刀直入に尋ねた。
「一体何よ、藪から棒に。質問はちゃんと説明してからにしてくれる?」
絵里が不機嫌そうに言った。
「すまんな。今話せるのか?」
「短い話なら大丈夫。要点を纏めて3分以内で話してくれる?」
忙しかったようである…。
なので真行寺も送りつけられてきたDVD映像の現場を特定しようとしてO市の『Tホテル』に来ている事と、それで銃の密売に関わる残留思念を読み取った事を話した。
「そう…。判った。こっちでも『Tホテル』の経営者について調べてみるから、気をつけて。
事件が起こってるのに死体が発見された事実など無い事になっていて、密売人の御用達のホテルとなれば、当然経営者自体に何かある可能性も有るからね。
くれぐれも嗅ぎ回ってる所を見られないようにしてね」
と言われた。
「判った。それじゃその件は頼む」
と言って通話を終了した。
(そう言えばベッドメイク係がデカいカートに大量にシーツやらのリネン類を入れて運んでたな…。顔立ちから言って東南アジア系のようだったが…)
掃除婦も大きなカートで移動しているが掃除婦のカートは掃除用品の他、トイレットペーパーやらゴミ袋やら回収したゴミまで積まれていた。
それでは死体は運べない。
(怪しいとしたらリネン類を運ぶカートだな)
それにしてもリネン類の取り換えや洗濯、清掃にしても、ここの従業員がしてるのだろうか?
別の会社に依頼しているのか?
どうなのだろう。
(外部委託なら名札を見れば会社名が書かれている筈だ)
そう思い、少しベッドに横になり
脳を休ませる事にしたのだった…。
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