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「お上様に気に入られて得意気にしてんじゃねえよ、<バルブロ>のクセに」
酒を呑んでシャックリを浴びせながら、虎井はアルコール濃度の比較的低い酒を大袈裟に私の前にドンッと置いた。ボロボロのカウンターがミシミシと音を立てる。
これが虎井の古びた愛情表現だった。
私は顔を渋らせたい衝動を抑えつつ、窘める。
「ご主人様の入れる酒が美味しいから彼はわざわざ隣町から来られるのですよ」
ここ最近で白鳥透のことが少しずつ分かってきた。あの初老の老人は私と同い年の娘と死別し、隣町の有吉町から電車で週3回以上仕事終わりに通っているらしい。
娘のことを溺愛し、私と娘さんを重ねて見る傾向があった。
愛が何か分からない私でもこの暖かさが居心地良い。初めて生きていることを肯定された気がした。
「吾輩のような老いぼれの相手は迷惑かね?」
少しはにかむ長身の痩せこけた男は自惚れを一切見せない。
好感を持てた。
確かに彼はメシアではないかもしれない。それでもあの優しい顔立ちを思い出すだけで胸が一杯になる。今までの惨めさを忘れるぐらい‘好き’が溢れる。
誇大妄想と人は言うだろう。それでもいいと思った。愚鈍なトカゲが人面して威張り腐っているのでも今はいい。
法で裁かれるまで夢見ていたい。
人として産まれていなくても権利があるはずだ。
「白鳥様」
私は客のことを様付けする。何も老人に気遣っている訳ではない。
順救世主は照れ笑いをして、私の背中を強く叩いた。
「親父と呼びたまえ」
「では、親父様」
煩いバーでも順救世主の軽快な笑い声はハッキリと聞き取れる。
「何だね?そりゃあ。君は本当に面白い子だな。面白くてピュアだ」
顔が火照る。
「私なんか面白くもピュアくもありません」
「ほらまた来た。親父様の次はピュアくだ。良い子だね」
老人のシワ寄った手が私の硬い頭の鱗を撫でる。
「こ、子供扱いは…ッ」
男は力強く笑みを零す。
「ん?子供だ、まだまだ君は。吾輩からしたらね」
老人の銀髪がバーの照明に反射してギラつく。
その光景がヤケに目に焼け付く。
太陽が近付くニュースががなり立てるように雑音として鼓膜を刺激した。何度もザーザーと混線している。
【今月中に宇宙ギガ0.1メートル範囲に惑星、太陽が地球へ辿り着きます】
女性アナウンサーの厳格な声に男性アナウンサーが応じる。ニュースキャスターの後ろでカクレクマノミが優雅に踊り狂っていた。
【颯(ハヤテ)さん、これは一体、この夏どうなるのでしょう?】
【少なくとも体温調節が上手くいかないご老人から多数の死者を出すでしょう。厳しく言うとこのままでは地球自体生物を許さない環境になるという見解です。対策法は今の所見つかっておりません】
私は何となく安心した。死刑になるのは全人類同じなのだ。
「どうしてそんな悲しげな顔をするのかね?」
白鳥老人は穏やかな調子で私の顔を覗きこんだ。私の視線先に気付き少し顔色を曇らせる。
「人間は神を創り、その偶像を怒らせたのだよ」
「許されないのは私だけではないのですね」
暖かいオーラに身を包み、社長その人がトカゲ女に頬擦りをする。
「誰もが君の存在を否定しても吾輩は決して君の存在を否定はせぬ。守ってやろう、我が姫君」
嘘臭さもイヤらしさもタバコが煙に巻いてくれる。
私は少しクスッと笑って言った。
「アルルですよ、透さん」
透さんという響きに心臓が鼓動する。優しくて何かに飢えた響きだ。
「透さんか!若いなぁ。良いぞ。良いぞ!アルル」
「透さん!透さん!」
歓喜の声を主に聴かせてやりたかった。だが、虎井は今夜もポーカーでギャンブルをしている。真剣な顔をして大の大人がゲームをするのがここ<バルブロ助手店>だ。
暑い。
しばらくして虎井の呻き声がバーの中に響いた。
「畜生ー!!!!」
手札はブタだ。
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