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目を覚ますと見慣れない景色がそこにあった。
三井は重たい頭を抱えながらゆっくりと昨夜の記憶をたどり始めた。体が重たい。
畳敷きの和室にひかれた布団は真新しくきちんととアイロンがかけられたシーツには三井が乱したと思える皺が広がっていた。清潔な香りがかけられた布団から漂う。
「…う」
頭の奥が響くように痛み、こめかみに手をやりながら部屋の中を見渡す。
脱ぎ捨てられた洋服が辺りに散乱し、だらしなく下着一つの姿で三井はそこにいた。
「あー…飲みすぎたのかな…」
おぼろに思いだす記憶の片隅で、紀に甘えて背負われた自分の姿がよみがえった。
「失礼だったよなあ…」
初対面のくせにちゃっかり食事までごちそうになり、酔っ払って部屋に連れて行ってもらうなんて、我ながら情けなくて仕方がない。これで愛想をつかされていなきゃいいけど、と思った三井の耳に小さくふすまを叩く音が聞こえた。
「三井さん、起きていますか?」
「あ、はい…今開けます」
慌てて散らかった服を着こみ、髪を撫でた。伸びたひげが指をチクチクと刺し、その痛みからふと小指の付け根がひどく腫れていることに気がついた。
「…なんだろ」
ぶつけた覚えも、怪我をした覚えもない。
よく見るとなにやらガタガタとへこんでいる痕がうっすらとそこについていた。
「…?歯形?」
寝ながら噛んだのだろうか?指しゃぶりの癖はないはずだけど、と首をかしげつつ紀を待たせているふすまを開けた。
そこには朝だというのにきっちりと身だしなみを整えた紀が立って三井を待っていた。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「ええ、すみません。いつの間にか眠ってしまったようで…ご迷惑をおかけして…」
申し訳なさから深く頭を下げると紀は小さく笑みを浮かべ「大丈夫ですよ」と三井に手を伸ばした。
「こちらこそつい楽しくて飲ませすぎてしまったと申し訳なく思っていたところなんです。具合は悪くありませんか?」
うかがうように頬を撫でられ、思ってもいない接触に三井は肩をすくめた。こんな風に誰かに触れられることなんて、久しくない。
「あっ、だ、大丈夫です、本当に、すみません」
「それならいいんです。朝ごはん食べれそうですか?」
至れり尽くせりである。
三井は恐縮しつつも、普段味わうことのない誰かの優しさに触れ、頬を緩ませた。
「ありがとうございます。顔を洗って、伺います」
「ではごゆっくりどうぞ」
足音もなく紀は部屋の前からいなくなり、その後姿を見送った三井は慌てて身だしなみを整え始めた。
泊まる予定なんてなかったので、着替えも何もかも用意していない。昨日のままのかっこうで仕方ない。
用意してもらった洗面セットで身だしなみを整え、鏡に映る自分を見る。
不思議なものでいつもより顔色がよさそうだ。思っているより調子もいい。
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