第六章

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 暁史は何事もなかったかのように、身体を離して返事をした。スタッフがワゴンに乗せた料理をテーブルの上に並べていく。  空腹のはずなのに、美味しそうな料理を前にしても食欲は湧かなかった。  身体中を流れる血が、一気に沸き立ったかのように熱い。ドクドクと心臓の脈打つ音が耳の中に響いて、ツッと汗が額から流れ落ちた。  スタッフが個室から出て行った後も、ふたばは暁史の顔を見ることができない。気づかれはしなかっただろうか。ふたばの身体の中に起こった変化を。  受け入れてしまいそうだった。  あのまま、スタッフが来なかったら……どうなっていた?  ふたばは自身を落ち着けるように深く息を吐くが、ドクドクと心臓の音が耳の中にまで響いてきて、もうどうにかなってしまいそうだった。 「食べようか」 「は、はい」  スプーンを手にした暁史はビーフシチューを掬い、ふたばの顔に近づけてくる。腰が引き寄せられてすぐ近くに暁史の顔があった。 「ほら、食べて」  スプーンの先が唇に触れて、反射的に口を開けると柔らかな肉の塊が口の中に入れられた。美味しかった記憶はあるのに、今日に限ってはまったく味が感じられない。  しかも、腰に触れた暁史の手が背中を彷徨うように動くから、何か熱いものが背中をせり上がってくる感覚までして落ち着かなかった。  ふたばは噛むこともせず、ただゴクンとビーフシチューを飲み込んだ。 「ん……」 「美味しい?」 「は、い……」  男性としては素敵だと思う。けれど、相手はわかばの好きだった人で、女性を取っ替え引っ替えしていて、掴みどころのない男だ。  危ないとわかっているのに、手すりのないつり橋を渡っているかのようだ。グラグラと足元が揺れておぼつかない。それなのにどうしてか抗えないのだ。  流されるのは危険でしかない。  絶対に好きになどなってはならないのに。  そう思えば思うほど、暁史のことしか考えられなくなっている自分に気がついた。  強引で、でも優しくて、ふたばの言葉一つで柔らかく笑ってくれる、そんな男に夢中になってしまう。もし、ふたばを好きでいてくれるのなら、すべてを打ち明けてもいいかもしれない──それほど、強く彼に惹きつけられていた。 「俺にもくれる?」 「え……っ? な、に……んんっ」  ふたばに考える間を与えてくれず、唇が重なる。唇の周りについたソースごと彼の口の中に飲み込まれてしまう。 「はぁ……っ」  口腔を舌でなぞられ、余すところなく口の中が彼の唾液で溢れていく。  薄っすらと涙が浮かんだ目で見つめると、熱情に浮かされた目をした暁史がウィスキーを口に含んだ。  ふたたび唇が重なり、唇が焼けつくように熱くなる。  彼の行動は予想していたはずなのに、口腔にアルコール度数の高いウィスキーが流れ込んでくると、全身の血が滾り意識さえ朦朧としてしまいそうだ。 「ふっ……う、ん……」  広いソファーの上に押し倒されて、気づけば貪るように唇が塞がれていた。 「はぁっ……はっ、んん」  口腔内を余すところなく蹂躙され、身体に力が入らない。  パタリと落ちた手をすくい上げられて、背中へと誘導される。されるがままに、暁史の背中へと縋りつくと、ますます彼の唇の動きは激しさを増していく。 「舌、出して」  どうしていいのかわからない。ただ、言われたとおりにしろと本能が告げていて、ふたばはおずおずと暁史の口の中に舌を差し挿れた。  ぬめる舌が絡まり、唾液が注がれる。高熱に浮かされているかのように、彼の舌も口の中も火傷しそうに熱かった。  ジュルッとふたばの溢れる唾液を啜られて、歯の裏や舌の裏さえも舐られる。頭の中に靄がかかり、無意識に太ももを擦り合わせてしまう。  身体の中心が熱くなって、中から何かが溢れてくる。  足の間に膝を入れられて、身動いだ拍子に濡れた下着の冷たさを感じた。今日のショーツは確か黒だから見ただけではわからないかもしれないが、触れられたら気づかれる。 (やだ……どうして……っ)  キスだけでこんなにも身体がおかしくなっている。  自分の身体はまるで期待していたかのように、身体の中から蜜を溢れさせてしまう。 「あっ、やぁ……」  暁史の手がブラウスのボタンにかかると、羞恥から胸元を隠すように手が動く。やんわりと胸を隠す手を外されて、ひどく艶めかしい声で囁かれた。 「ここ、見たい。腕、どかして」  催眠術にでもかかってしまったみたいだ。命令されてるわけでもないのに、彼の声に抗えない。触れて欲しいとすら思ってしまっている。  指先が器用なのか、片手ですべてのボタンが外されていく。  今日はショーツとお揃いの黒のレースをあしらったブラジャーだ。色気のない自分でも、黒の下着を身につけると少しだけ美人になったような気がして好んで着けていた。 「綺麗な胸だな」  熱に浮かされたような言葉は、ふたばの頭の中をますますおかしくさせる。 「だ……誰か来たら」 「誰もこない。だから一度に料理を運んでもらった。今日は、この間の礼をしてやる。キスしかしないから、ジッとしていて」  キスしかしない。そう言いながらも、彼の手がレースのブラジャーを簡単にずり下げた。  もともとハーフカップのブラジャーは、ちょうど乳首の上あたりまでしか布はなく、数センチずらすだけで赤く実る突起が見えてしまう。 「やっ……あ、きふみさ……っ」 「本当に可愛い声だよな」  鼻にかかった声を指摘され、唇を噛みしめる。  言っていることが違うと睨めつけるが、片手で柔らかい媚肉を揉みしだかれ、先ほどまで口腔内をねぶっていた舌先に先端が捉えられると、甘やかな刺激が胸から広がり艶めかしい吐息が漏れる。 「はぁっ、ふっ……ん、う」 「声……我慢しなくていいから」 「む、りっ……」 「大丈夫、この時間ジャズコンサートがあるんだよ。君の声は外に漏れない」  意識していなかったが耳を傾けてみれば、録音された音源とは異なる、生の音──ピアノでの演奏がすぐそばから聴こえてくる。壁を隔てた向こう側にグランドピアノが置いてあったことを思い出した。 「だから、大丈夫……力抜いて」  キュッと先端を爪弾かれて、腰が浮き上がる。舌先が円を描くように乳首の周りをなぞり、下から豊満な乳房を揺らされた。 「あぁっ……あっ、ん、ん」  口の中に乳輪ごと含まれて、チュパチュパと水音を立てながら赤く色づく実を吸われて、耳を塞ぎたくなるほどの羞恥心に苛まれた。  ソファーの上で身悶えながら腰を捩ると、チュッと濡れた音が下肢から聞こえて、居た堪れなさに頬を染める。 「気持ちよくなってきたか?」  あまりの恥辱に目を細めて彼を睨むが、暁史は悪びれる様子もなく両方の手のひらで乳房を揉みしだいてくる。 「はぁ、あっ、ん……そ、こ……ばっか、や」  敏感に勃ち上がる乳首ばかりを刮ぐように指の腹で弾かれて、痛みにも似た快感が走る。ねっとりと甘く包まれるような舌での愛撫と、激しく官能を高めるような指での愛撫が、ふたばの身体を追い詰めていく。 (全然……っ、キスだけじゃないっ)  胸にばかり感覚が集中していたせいか、いつのまにかストッキングとショーツが太もものあたりまで脱がされているのにも気づかなかった。そろりと暁史の手に蜜壺を突かれて、ビクリと身体を硬直させた。 「やっ……やめ」  誰にも見せたことのない場所を暴かれて、濡れて光る秘部に暁史の男らしい喉が上下に動く。 「キ、キスだけって……」  完全に立場は逆転してしまった。恐る恐るふたばが尋ねると、苦笑気味に口元を緩ませた暁史が「キスだけだよ」と答えた。  何がキスだけだ、と言い返す力もなかった。太ももで丸まっているストッキングのお陰で、足を開かなくていいのは救いだが、それも暁史に足を持ち上げられてしまうと意味がなくなる。  一体何を──そんな顔をしていたのだろう。暁史が濡れて蜜を垂らす秘裂に顔を寄せていくのを、まるでスローモーションでも見ているかのように凝視していた。  唾液で濡れる唇から赤い舌先が覗き、ポタリと垂れた唾液が茂みを濡らす。足の間に顔を埋められるまで、自分が何をされているのか理解すらしていなかった。 「やぁぁっ!」  これでは羊の皮を被った狼だ。喰らい尽くすように舐めしゃぶられて、自分の身体が溶けてなくなってしまいそうな感覚に陥る。  ぬめった舌が動くたびに耳を塞ぎたいほどの淫靡な音が聞こえる。  キスしかしないって言ったくせに。  誰にでもこんなことしてるんじゃないの。  頭の中に、暁史を罵倒する言葉が文字となって流れていく。同時に失望感まで押し寄せてきて、涙が頬を伝った。  まさか、期待していたとでもいうのか。暁史はきっとわかばを傷つけていないと。そんな人ではないと信じていたのだろうか。  それとも、自分が愛されているわけではないから、こんなにも悲しいのだろうか。  思い浮かぶ考えが、口から継いで出ることはなかった。口から漏れる言葉はすべて、淫靡な気配を纏う嬌声となりもはや意味を成さない。 「あっ、ふぅっ、んん……あぁんっ……ダメっ、音立てちゃ……やっ」  舌先が陰唇をなぞるように上下に動くたびに、腰がビクビクと跳ねる。  舌の動きに合わせて揺らめく下肢が男の目にどれほど扇情的に映るかなど、ふたばには知る由もないことだ。  尖らせた舌先が膣口を撫でると、ヌポッという耳を塞ぎたくなる水音とともに中へと挿れられた。 「ひぁぁぁっ」  両足は暁史の両手に上へと抱えられて、腰を捩ることでしか拒絶を示すことはできない。ヌポヌポと熱を持った舌がザラリとした陰道の壁を擦り上げると、感じたくなどないのに次から次へと下肢を濡らす愛蜜が溢れて止まらない。  舌が内壁を舐めるたびに、全身が総毛立つような快感が走る。何故か、陰道の奥まった場所までもが疼くように収縮し、腰から重い快感が脳芯を揺さぶるように突き抜ける。  何かが溢れそうな感覚に、ズリズリと頭側へと後ずさるが、暁史に腰ごと抱えられ唇を押しつけられて、より深い場所をかき混ぜられる。 「な、なんか……変なの……やっ、あ、あ」 「達けばいい」 「い、いく……?」  わからないで聞くと、クスッとバカにされたように笑われる。しかし、見下されているわけではないと感じるのは、下肢から覗く暁史の顔が心底嬉しそうに笑みを向けてくるからだろう。 (なんで……喜んでるの……)  もう頭の中は真っ白で、息をするのも苦しい。  早く、どうにかして欲しいのに、その術をふたばは知らない。 「もう……っ、や、あ、お願い」  涙に潤んだ目を向けると、暁史が息を呑んだ気配が伝わってくる。  中を弄っていた舌を抜かれて、名残惜しむ声が漏れると、彼は濡れた舌先を茂みの中へと沈ませた。 「やっ……な、なに……?」  何をされるのかわからない恐怖に身を竦ませるが、それ以上に早くどうにかして欲しいという欲求の方が強かった。全身を震わせながらももう逃げる事はしない。 「達かせてやる」  下生えの中に隠れていた小さな芽を、彼は舌先で剥いてしまう。 「……っ!」  ふたばは声にならないほどの快感に頭を仰け反らせて息を止める。一点を狙うように愛液でしとどに濡れた芽を弄られて、思わず暁史の髪に指を差し入れてギュッと掴む。 「ひぁっ、あ、あ、あっ……それ、ダメぇっ」  感情を抑えることなどできず、頭を振り乱し、ボロボロと涙を溢しながら叫ぶ。  もう堪らなく気持ちよくて、ソファーにはしたなく蜜を飛び散らせ、髪を振り乱して首を振った。  嫌だ、ダメだと言いながらも、よがり喘ぐ自分が許せなかった。 「なんか……おかしっ……の、出ちゃ……っ」  中心から熱い奔流が噴き出しそうな感覚に、額に玉のような汗が浮かぶ。短い呼吸を繰り返しながら、腰からせり上がってくる愉悦に頭が真っ白になる。 「あぁぁ……っ!」  身体の中で何かが弾けたような感覚がする。全身が昂り、触れられるだけで悪寒がするほど鋭敏になる。もう指一本すら動かせない。 「上手に達けたな」  いい子だとでも言うように、髪が撫でられる。  両足がソファーの上に降ろされて、全身の力が抜けていく。眠ってしまいたいほどの倦怠感が押し寄せて目を瞑りかけると、暁史の手がストッキングに触れたことで急に青ざめた。 「や……っ」 「ふたば……俺は」  何か弁解をしようとする暁史の言葉は聞きたくなくて、ソファーから勢いよく立ち上がる。フラつく身体に伸ばされた手を思い切り叩くと、感情のままに叫んでいた。 「あなたに抱かれるわけにはいかないのっ!」  あってはならないことだ。  姉が好きだった相手と身体を重ねるだなんて。 「わかってる」  暁史は冷静だった。先ほどまでの熱は一体どこへ行ってしまったかと思うほど、落ち着いていて、何もかもを知っているというような表情で苦笑を浮かべている。 「え……?」  どうして、どうして、と頭の中に疑問符ばかりが浮かぶ。  知っていたならどうして、教えてはくれなかったのだろう。わかばとの間に何があったか、それが知りたかっただけなのに。 「それでも俺は……君のことが好きだ。愛おしくて堪らない」  切なげに目を細めて告げる暁史の表情は、とても嘘を言っているようには思えなかった。けれど、真実を言っているとも思えない。知っていて、ふたばを抱こうとなどするはずがないのだから。  罪悪感に苛まれそうになる自分を抑え込む。騙していたわけではないのに、まともに暁史の顔が見られなかった。  好きだと言われた。  彼は、ふたばのことが好きだと。  一体、自分がどうしたいのか、姉のために何ができるのか、わからなくなってしまった。
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