第二章

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「どうぞ、食べてみて」 「あ、はい……いただきます」  ふたばは両手を前に合わせて言った。  行儀よくビーフシチューを取り分けると、暁史の分を横に置き、自分の皿を持つ。背筋はピンと伸びていて、ワンピース越しでもわかる腰のくびれが女性らしく、ソファーの上で真っ直ぐに下ろされた足は細かった。  これはさぞかし綺麗な所作で食べるのだろうと思っていると、肉厚の唇が大きく開きビーフシチューの肉の塊を飲み込んでいく。ここのビーフシチューは十時間以上煮込んでいるため、一口が大きくともすぐに飲み込めるだろうが。 「美味しいっ」  吹き出すのを必死に堪えて、暁史は口元を覆い隠す。  何だろうこれは。可愛すぎるではないか。  彼女は暁史の想像よりもずっと若いかもしれない。二十代前半だろうか。  何故か、似合いもしない派手な衣装に身を包んでいるが、大学生だと言われても頷ける幼さが隠されている気がする。 「よかったよ」  暁史もビーフシチューを口に含む。いつもと同じ濃厚なデミグラスソースの香りが鼻を抜けていった。赤ワインをふんだんに使っていてまろやかな味わいで、牛肉は柔らかく口の中で蕩けていく。  ふと、スプーンを持つふたばの指が視界に入る。  彼女の格好がどこかおかしいと感じた原因に思い至った。  似合わない化粧だけではなく、ふたばの爪は綺麗に切り揃えられていて、ネイルをしている形跡もない。  化粧や格好を見る限り、ジェルや付け爪をしていてもおかしくはないと思うが、彼女の爪はまったく装飾されてはいない。ピンクで健康的な色をしていた。  ふたばは続けてケーキの皿に手を伸ばし、先ほどと同じようにフォークに取ったケーキを大口を開けて頬張った。しかし、音を立てて食べるわけでもないし、食べている途中で喋ることもない。行儀の悪さは感じなかった。単純に口が大きいだけなのだろう。 「ふわふわ……」  ふたばは、感動したように口元に手を当ててボソリと溢した。  どこか抜けているふたばの可愛い所作に、首を横にして顔を隠しながら笑いを堪える。  きっと暁史が見ていたと知ったら、彼女はまたこの顔をすぐに引っ込めてしまう。それは嫌だった。  大声をあげて笑いたい気分だったが、さすがに場所をわきまえて一つ咳払いすると、ふたばの頬に手を伸ばした。 「クリームついてる」 「……っ」  瞬時にふたばの頬がほのかに色を変えた。  二人の間に流れる空気が、じっとりと肌にまとわりつくような淫蕩なものへと変わった。 「食べ終わったら……俺の部屋に誘ってもいいか?」  言葉の中に劣情を含めて、ふたばを見つめる。  強引に部屋に連れ込むような真似はしたくなかったが、このまま帰したくもなかった。彼女にそのつもりはないと知っていても、服や化粧に隠された素肌を暴いてみたくなった。  断られたら、さすがにもうそれ以上はしつこくできない。その時は残念だが縁がなかったと思うしかない。  彼女の中でどういう気持ちの変化があったのかはわからないが、逡巡する様子を見せながらも、ふたばはやがて首を縦に振った。
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