第三章

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 下唇を舐め取られて身体が宙に浮いてしまうようなふわふわとした気分になっていく。頭の中が痺れて今、自分が何をしているのかもわからなくなりそうだった。 「ん……んん」  ぼんやりと虚ろな目で宙を見つめる。ワンピースの胸元に手が差し入れられて、背筋を甘い愉悦が駆け抜けると、夢心地でいた気分は一気に現実へと引き戻される。 「やっ……」 「俺に抱かれたいから、ここに来たんじゃないのか?」 「ちが……っ、あたしは……話を」 「部屋ですることなんて一つしかないだろ? 話ならさっきに店でもできたはずだ」 「それは……っ」  あまり人には聞かれたくない話だからだ。暁史だって嫌だろうと気を使ったつもりだったのに。  でも、もし自分の正体を明かして、彼に帰れと言われたら。  話すつもりはないと言われたら。  やっとのことで辿り着いた道がなくなってしまう。きっと、本当のことを知っているのは彼しかいないから。 「わかりました」  ふたばは意を決して暁史の肩を押すと、自らの身体を起こした。 「ふたば?」  震えそうになる手で、暁史のスラックスからベルトを外しチャックを下ろした。  一瞬、暁史が息を呑むのがわかったが、ふたばがどこまでできるか試すようにされるがままになっている。  今まで、成人男性の性器を見たことはない。ボクサーパンツの上からでも、はっきりと盛り上がっている部分が見えるが、多分これはまだ萎えている状態なのだろう。 「じゃあ私がします。今日、生理なので」  生理は先週終わったばかりだ。  ふたばが嘘をついたのは、どうしても、彼に抱かれるわけにいかないからだ。 (この人は……お姉ちゃんの好きな人だから)  流されそうになる自分にもう一度言い聞かせる。  彼との関係を何とか作って、姉についての話を聞きたい。  ボクサーパンツの上を撫でるように手のひらを動かすと、暁史の腰がブルリと震えたのがわかった。 「別に気にしないのに」 「私は気にしますから」  そう告げて、ベッドの下に跪いた。  男の顔を見上げると、たしかに瞳の中に欲情の炎が揺らめいていた。  下着をずらして、先ほどよりも若干大きく膨らんだ性器を両手で握りしめながら、唇を寄せていった。  暁史はふたばの好きなようにさせるつもりなのか、髪に手を絡めて頭を撫でてくる。 「むっ、ん……ん」  口を大きく開けて先端を含んだ。  意外にも、そこまで不快感はなかった。覚悟を決めてしまえばこんなものか。  どこまで飲み込めるかはわからなかったが、喉の奥の方まで入れてみると、口の中で欲望が膨れ上がった。  あまりの大きさに喉奥に不快感が芽生えるが、眉を寄せながらも口を離すことはしなかった。 「はっ……いいな、その顔。もっと、舌、絡めて」  唇を上下に動かしながら裏筋に舌を這わせると、暁史の腰がビクビクと浮き上がった。  どうやら、少しは感じさせることができたらしいと安堵する。  先端から溢れでた先走りを舐めとり、口を窄めて吸うと、頭上から荒く息を吐く声が聞こえる。嗅いだことのない男の匂いが鼻を掠めて、けしていい匂いというわけでもないのに、不思議と耐えられた。  もしかしたら非現実的な夜に、頭の中が麻痺しているのかもしれない。 (まさか……こんなことしちゃうなんて……お姉ちゃんが知ったら怒るだろうな)  男の欲望を口の中に含みながら、ふたばの頭の中には、十歳年の離れた唯一の家族の存在があった。  ふたばが中学一年の頃に両親は事故で亡くなった。  まだ働き始めたばかりだった姉は、二十二歳。今のふたばと同じ歳で中学生の面倒をみる羽目になったのだ。  それがどれだけ大変なことなのか、今のふたばになら想像できる。  新入社員としてようやく社会に出たばかり、右も左も分からないこの状況で中学生を育てることなどふたばには真似できない。  真面目な性格の姉は、文句一つ言わずふたばを大学まで出してくれた。  もちろん、両親が残してくれた保険金があったし、貯蓄型の保険にも入っていたため、大学の入学金や授業料に困ることはなかったけれど、遊びにも行かず二十代という若さで一家の大黒柱になってしまった姉を思うと、感謝以上に申し訳なさが先に立つ。 「ふたば? 苦しかったらやめてもいい」  急に口の動きを止めたふたばを訝しげな声が呼んだ。気づけば、暁史の先端だけを口に含んで動きを止めていた。  色濃く残る思い出は、自分が今何をしているのかさえ忘れさせてしまうらしい。 「いえ……顎がちょっと疲れたから、休んだだけです」  言い終えて硬くなった亀頭を口に含む。先ほどよりも強く吸いつきながら、口を開け頭を上下に振った。  空いた手で、ボクサーパンツに隠れた陰嚢に触れると、口の中で欲望はさらに膨れ上がる。 「ふ、たば……っ」  陰茎に刺激を与えながら睾丸に触れられるのが好きな男性もいると友人から聞いたが、どうやらあながち間違ってはいないようだ。  暁史の声が、余裕のないものへと変わった。  手のひらの中で揉み込むと、コリコリとした感触があり、それを転がすように撫でて男の官能を煽った。  ジュッと先端からねっとりと口の中に絡みつく先走りが溢れでた。濃い味のそれを喉を鳴らして飲み込むと、性急な手つきでワンピースの胸元へと暁史の手が伸びてくる。  触らせるわけにはいかない──乳房を揉む手を抑えるように腕を掴んだ。もどかしいのか、欲望に駆られたのか、暁史は強引に手を差し込んできた。 「触っちゃ、ダメです」  伸ばされた手を振り払うと、怒張を咥えたまま顔を上げて告げる。  瞬間、ピタリと止められた手。  いい子とでも言うように、ふたばはさらに深く屹立を飲み込んだ。 「はっ、あ……も、出る」  暁史のくぐもった声が頭上から聞こえる。  切羽詰まったような声の響きは、達成感なのかふたばにとって耳心地がいい。  ますます舌を絡めて、浮き出た血管を舐めるように舌を動かす。ジュプジュプと卑猥な音が口の中から漏れ聞こえて、感情が高ぶっていく。  暁史の欲情した声に煽られたのか、気づけば自分自身の太ももを擦り合わせていた。  あらぬ場所がジンジンと痺れて、腰が重苦しく感じ始めたのは気づかないふりをした。 「ふたば……っ、口……離せ」  もう丁寧に喋る余裕もないのか、暁史が命令口調で言った。  しかし、最後までしないで自分の身を危うくさせるわけにはいかない。 「んんっ、む……ん、おっき、すぎ」  あまりの大きさに口腔が圧迫され、苦しげに言葉を漏らすと、さらに大きく触れ上がった欲望が口の中で脈打った。舌先で陰茎をなぞれば、浮き出た血管の脈動まで感じられる。  唇の端から漏れでた唾液が陰茎を濡らし、ますます卑猥な音が室内に響く。  ふたばの口の動きに合わせて、暁史の腰が揺れ動く。それはひどく淫靡な光景のはずなのに、感じ入る男の表情は欲望にまみれていてなお美しかった。  暁史の額は汗で濡れ、喘ぐ口元はだらしなく開いている。暑かったのか、いつの間にかワイシャツのボタンは上から二つだけ外されている。  はだけたシャツの隙間から見える鎖骨が艶めかしく、男の身体はまるで芸術作品のように魅惑的だ。 「もう……っ、いく」  唇の中で雄々しく膨れ上がった怒張がふたばの口腔内で白濁を弾けさせた。  勢いよく注ぎ込まれた吐精は、喉奥にまで絡みつき、不快でしかない。  ふたばが眉を寄せたのを見逃さなかったのか、暁史は滾ったままの欲望を引き抜くと、手近にあったティッシュを取りふたばの口元に当てた。 「ここに出せ」  吐き出したいのは山々だが、正直口から何かを出すところを男性に見られたくはなかった。それならば飲み込むしかない。 「んん……っ」  苦しげな声を出しながら、二、三度にわけて生臭い味のする男の精を飲み込んだ。目には薄っすらと涙が溜まり不快感を表している。 「無理しなくてもいいのに」  声を出せばひどく掠れてしまいそうで、ふたばはそのまま押し黙る。  目の前の乱れた格好の男の全身を眺めて、次に自分の格好を改める。どこも乱れてはいない。部屋に入ってきた時のままだ。  ふたばは渡されたティッシュで軽く口元を拭うと、ポイと近くにあるゴミ箱に捨てた。座ったままの足は若干痺れていたが、歩けないほどではない。  暁史がふたばの身体を抱きしめようとするのをすり抜けて、鞄を手にして背を向ける。 「すみません。やっぱりあたし帰ります。じゃあ、また機会があったら」  姉のことを聞きたかった。  けれど、気づけば部屋から逃げ出すようにふたばは走り出していた。
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