プロローグ

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プロローグ

6580b114-dc34-45e1-a005-b9ce4756abea  四畳から六畳、薄暗い座敷の片隅に子どもが一人立っていた。扇風機より少し大きいくらいの幼い子で、髪が肩まであり、着物か浴衣のようなものを着ていた。部屋が暗かったせいで顔がよく見えなかったが、いつ見ても「生気がない」「虚ろな雰囲気」といった印象を受ける子であった。  座敷はとても静かだ。その子も含めて生きているものは誰もいないのではと疑うほどに。そんな静寂の中で、いや、そんな静寂だからこそなのか、その子は少しでも音を殺そうとしていた。それは呼吸音や衣服が擦れ合う音にも気を使っているように見えた。  そんな仕草が逆にその子が「いる」ということを僕に意識させるのだった。  子どもの口からわずかに白い息が上がった。気温が低いのだろう。  その時突然ふすまが開いた。僕とその子は同時に「ビクリ」とする。座敷だけの世界だと思っていたのに、突如開けられた世界の欠片が僕達に不安を与えた。  逃げるんだ  逃げなきゃダメだ  ふすまを開け入ってきた男に僕はそう感じた。なんとかして僕はそれをその子に伝えたかったけれど、どう思っても、それは伝えられなかった。僕はいつも見ているだけしかできないのだ。  「××××××××」  男の口から黒い息が吐き出される。寒さによる白ではなく何かを燃やしたような黒い煙が。その時男が口にした言葉は聞き取れなかったけれど、それが決定的で絶望的なものであることは僕にはわかっていた。男の言葉を聞いて、その子の瞳孔が広がる。  男が一歩踏み出す。  子どもはひとつ後ずさる。  「××××××」  次に男が発した言葉に子どもはうなだれた。驚き、少し笑い、そして、あきらめた。抵抗することを、自分の人生をあきらめてしまった。  男がまたひとつ、足を踏み出す。  今度は子どもは下がらなかった。背筋を、伸ばした。  「××××」  男の手が僕に、いや子どもの首に伸びてきた。僕の視線はいまや子どもと重なっていた。  「××××」  男がまた何かを囁き、そして手に力を込めた。  「××××」  「××××」  「××××」  男が繰り返し繰り返し呟く言葉はまるで呪いのようであった。男が何かを発する度に黒い息が吐き出されていた。苦しい。嫌だ。見ているだけのはずの僕も息苦しくなる。  締め付けられる苦しさに目がチカチカしてきた。視界がぼやける。苦しい。苦しい。苦しい。嫌だ。死にたくない。殺されたくない。嫌だ。嫌だよ。イヤだ。  「あ」  「××××!」  「ああアあああああああああアああああああああああああああああああああああああああああああアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアあああああああああああアアアアアアアア!!!!!!」  最期の時、断末魔の叫びがその世界全てを覆った。
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