第一章 漆原夏樹①

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第一章 漆原夏樹①

d94ce70f-4f30-42b5-9ff7-1828ea81ee7c  「妥協しているうえ媚びている。かじったテクニック丸出し。そしてあいかわらずデッサンがクズ。成長が感じられない。上手い中学生が描いたみたいだ」  ヒゲの講評に僕は何も言えなかった。その淡々として直線的な物言いに怒ることも落ち込むこともできなかった。  毎度のことながらヒゲの僕に対する講評は辛辣だ。ヒゲの講評は褒めて落とすとかそういった要素が一切なく、落としてからさらに地面にめり込ませるようなスタイルなのだ。そして僕は全く反撃の術を持たない。いや、反撃すればするほど技術のなさを認めざるをえなくなることを思い知らされたいた。  このヒゲが!  心の中で僕は講師のヒゲ親父を睨む。ただ……実際は怖くて睨めないので、日本人特有のごまかし笑いを顔に浮かべているのだ。そんな自分を僕は許せない。総じて原因が全て己にあるらしいこの現状全てが僕は全くもって許せないのであった。  「そんでヘラヘラしているおまえも最低。もっと頑張れないの?」  押し黙る僕にヒゲはそう言って追い打ちをかけてきた。くっ、頑張ってそれなんだよ。僕は愚痴る。心の中で。  「精一杯頑張ってますってか?甘いんだよ」  頭の中の反撃すら僕には許されていないらしい。ヒゲはそう言って僕にとどめを刺すのだった。 --------------------------  「漆原ー」  誰かが僕を呼ぶその声は左耳を通り、右耳から抜け、そして雲の彼方へと消えていった。  「今うるしーに声かけても無駄だよ。講評で惨敗してきたとこだから」  「ああ、村田さんの?あの人的確に容赦ないからなぁ。うまいやつには優しいんだけどね」  「そうそう。それで村田さん好きってやつも多いけどね。うるしーはなんていうかなぁ、、、。あの人のレベルに追いつけてないっていうか」  「いや、だけど漆原のレベルでここまでこれたのは逆にすごいよ。よっぽど講師達から気に入られる才能かなにかがあるんじゃないかな、逆に?」  「あきらめ悪いだけじゃん?でも、しっかし、ホントに成長しないよな、うるしー。むしろこれで確立させるかっていうくらい成長しないよなぁ」  遠くを眺め放心している僕にお構いなくザクザクと話をするのは、西教大学芸術学科一年武井空、そして同じく芸術学科一年の津久井修斗だった。  言いたい放題言いやがって……。  遠慮なく話す二人に僕はそう思う。だけど彼らならばあのヒゲにここまで言われなかっただろうことも僕はわかっていた。悔しいが認めざるをえない。認めたくない確かな技術の差が僕と彼らにはあった。  ここではみんな努力をしていた。そして努力して手に入れたモノだからこそ、力量のない人間に厳しかった。傷ついたからといって優しくされる世界ではない。僕は悔しさで自分の力量不足を知り、そしてそのどうしようもない差に歯ぎしりをしながら進むしかないのだ。  「そうだ。そんなことより漆原。民族学科の女子と合コンしないか?」  空が人の落ち込みを『そんなこと』と片付けて話題を変える。ちなみに漆原とは僕のことである。修斗が言う『うるしー』は名字の漆原が縮まったものだ。適当だった。  「うぉ、なにそれ?オレが行くよ。オレオレオレッ!オレを呼んでよ!」  修斗が僕の代わりに激しく反応する。修斗は性格も格好もお調子者な奴で、騒ぐのが大好きだ。おまえはオレオレ詐欺が何かか、と僕は心で突っ込む。  「オレオレうるさいよ修斗。漆原は絵以外の才能は結構あるから雑談対策に呼ぶんだ。今回おまえはいらないの。フォワードは足りているんだよ。欲しいのはデフェンダーなんだ」  空が修斗を手で制してそう言った。この二人とはまだ大学が始まって二ヶ月の付き合いだけど、空がこうして他人を褒めるのは珍しいことなんだと思う。でもそれは僕の望んだ褒められ方ではない。  大学に入って空や修斗と付き合う中で自覚したことだけれど、どうやら僕の才能と呼べるものは各方面に散ってしまっているようだった。スポーツ・料理・雑学・絵、、そういったものの知識や技術が僕には人並み以上にあるようだった。「人並み以上」に。それはよくいえばオールラウンダーで、悪く言えば知ったかぶりの無知無能だった。色々できるが本当に知識や技術を持っているやつには何一つ勝てない。そういう程度の『なんでもできる才能』だった。  これでさらに僕は負けず嫌いときたものだからもう笑うしかない。僕の人生は僕が負けるためにできているようなものだった。中途半端にできさえしなければそもそも勝負にすらならないのに、できるがゆえに僕はできるやつとの差を見せつけられるのだった。  「帰る」  気分が沈んだ僕は投げやりにそう言った。このまま帰るのは非常に負け犬っぽいと思ったけど、どうあがいたって今は負け犬だった。後ろからの「気が向いたら連絡しろよー」「オレオレ、オレを呼んでよー」という声は聞こえないふりをした。  季節は六月下旬。夏本場でもないのに容赦なく照りつける太陽が、僕から考える力を奪う。何かを考えるのを億劫にさせるほどの暑さがいらつく僕にはむしろ心地よかった。暑さでふやふやになった思考を巡らせながら僕は自宅へと向かう。大学から徒歩二十分、木造築三十年二階角部屋の四畳半、それが今の僕の住処。今年の四月から住んでそろそろ三ヶ月が経つけれど、外見はボロくも住めば都のアパートなのだった。修斗や空からは『廃屋だろ?』と揶揄されたりもするけれど、リフォームがしっかりしているらしく中の部屋自体はキレイだった。近所にスーパーあり公園あり、会社をクビになったお父さんが仕事していると偽って時間を殺すにもオススメな場所だと思うのだ。  平日の午後ニ時、この時間なら公園には誰もいないだろうか。僕は蒸し風呂と化した部屋へ帰る前に公園で少し涼んでいこうと、スーパーでアイスを買って木陰のあるベンチへと向かった。  「あっついなぁ……」  ジワジワと射す太陽。地表に差し照り返す光。僕は先程の講評のことを思い出していた。  わりと自信あったんだけどなぁ……。  ヒゲの言葉を思い出す。『妥協したうえに媚びている』。妥協、、した覚えないんだけどなぁ。『媚びてる?』そうみえたんだろうか?僕は誰に媚びたんだろうか。『デッサン力』は確かに足りない。でもデッサン力が全てなんだろうか。絵ってそういうものなんだろうか。いや、そもそもがデッサン力の講義だったっけ?じゃあデッサン力重視されて当然なのか。たしかに……描いてる時この程度でいいかもとは少し思っちゃったよ。多少の差くらいいいだろ思ったわ。だってデッサンつまんねーんだもの。あれ……僕は妥協したのか?それがダメだったのか?ヒゲの言う通りクズ野郎は僕だったか?生きてる価値なかったか?ああああああああああああああああああああああああああああ……。  なんかもう全部嫌だなぁ……。  太陽の日差しがうなだれる僕の頭を焼く。僕はさっき買ったアイスの包みを開けたが、僕がうなだれている間にアイスは溶けかかっていた。時間もアイスも僕を待ってはくれなかった。  はぁ……ん?  ふと気がつくと隣に着物を着た小さい女の子(小学生か園児か、このくらいの子の年齢はよくわからない)が座っていた。女の子がじーっと僕を見る。  「食べる?」  僕はそういって女の子にアイスを差し出した。買ってきておいてなんだが、もはや頭が冷えてしまっていた。僕は妥協した自分に罪悪感を感じて、アイスなんて食べてる場合じゃないと思っていた。  「口つけてないからさ。ほれ」  子どもは僕の行動に目を丸くしていた。驚いているようだった。元来適当な性格の僕は思ったままに行動することが多い。僕は思ったままに知らない子どもを餌付けしようとしていた。女の子は困った顔をしてアイスと僕を見比べる。  「食べないと溶けちゃうぞ―」  僕はアイスを少し左右に振ってそう言った。  パクリ  女の子は僕の言葉としたたるアイスを見つめ、観念してパクリと食らいついた。なかなかいい食いっぷりじゃないか。溶けかかったアイスが半分消えた。そしてアイスを食べた後、女の子の目が見開いた。  「ん?どうした?冷たかった?頭キーンとした?」  女の子が僕の裾を掴む。顔を見ると涙目だ。  「え、どうした。もしかしてまずかったとか?」  無難なソーダ味を買ったはずだけど、間違って変なのを買ったんだろうか。最近はお菓子屋さんも攻めるからなぁ。食べなくてよかったぜ、、と僕はそう思う。我ながらド畜生だった。  ボロボロ  「え、うわ。マジかよ。ごめんよ許せ。毒味させたわけじゃないぞ。」  女の子は僕の裾を掴んだままボロボロと大粒の涙を流しだした。口をパクパクとさせていたが声は聞こえない。  「どんだけハズレだったんだよ」  僕は興味本位から女の子にあげたアイスを食べてみた。  「ん。ソーダ味じゃんか。普通の無難な味だぜ。やっぱ頭キーンとした?」  僕はアイスを持ち替えて彼女の頭に触れる。よくみるとすす汚れた顔だ。髪もボロボロだ。祭りか何かが近くであって着物なのかと思ったけど、この汚れかたから見るにもしかしたら普段着なのかもしれない。  「困ったなぁ。誰か呼んでくるか?」  田舎育ちで地域の行事に強制参加することが多かった僕にとって、子どもは苦手ではなかった。が、それでもこのシチュエーションはなかなかにきまずい。誰かに見られて変な噂が立つのは避けたいところだ。とりあえず泣き止んでくんないかなぁ、と僕は思うのだった。  女の子は無言のまま僕の胸に頭を傾け、そしてうずくまった。  「ホントどうしたのさ?誰か呼ぶけど?」  女の子は頭をフルフルと振る。  「じゃあ、僕もそろそろどっかいっていいかな?」  僕はそこで本音を口にした。子どもは嫌いじゃないが面倒事は大嫌いだ。僕の言葉に女の子は顔を上げ、そして顔を歪ませた。先程よりも大粒の涙が溢れていた。  うわぁ、めんどい。  自分の蒔いた種のような気もするけど困ったことになった。しかしこのなつき方、もしかして僕を誰かと間違えているのかもしれない。知らない男に抱きついたりとかって普通しないと思うんだけどなぁ。女の子は僕のティーシャツの裾をしっかりと握っていた。  「やれやれ、、まぁ、帰ってやらなきゃいけないことがあるわけじゃないからいいけどね。」  僕はそうぼやいた。帰ってやること、絵を描くこと。大学でやること、絵を描くこと。僕の人生、絵を描くこと。でも僕の絵が妥協の産物で、この先日の目を見ないものであるのなら、今していることは全部意味のないことなんだよな。  なんなんだろう、僕の人生は。ホント、なんなんだろうか。  物思いにふけっているとヒヤリとした感触が頬を触れた。女の子が僕の顔を触っていた。さっきまでボロボロ泣いていた女の子がその時はどこか大人びた顔にみえた。  「……ありがと」  ニコリ。女の子の優しげな笑顔に僕はなんとなく慰められたような気になった。
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