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④ 親離れより子離れの方が難しいらしい。
カタカタカタカタカタ……
静かな添乗課内に、先ほどから小気味良いタイプ音が響き続けている。
「ミソラちゃん、すごい早打ちだね」
「ハイ!私、早さには自身があるんです」
今日は社内出勤日。
シロイに命じられ、サラトリアム遺跡を建築視点から案内するための資料を作っている真っ最中だ。
実際にはフラム氏から聞きかじった事をひたすらまとめているだけだが、お客様への観光案内に使えるため、この資料を添乗課員に共有するらしい。
自分の作った資料が先輩達に共有されることが純粋に嬉しいミソラは、はりきってその資料作りに励んでいた。
「家にタイピング機があったの?」
「いえ、高校ではタイピング部に入ってたんです」
タイピングとは、ここ数年で一般に普及し始めた文章を入力するための機械だ。
以前は印刷会社や出版・新聞社などでしか使われていなかったが、小型化されて一般企業や学校でも使われるようになってきた。
「こんなの覚えるより手書きの方がよっぽど早いと思ってたけど……こんなに早く打てるなら、タイピングの方が楽そうだなぁ」
ロキがミソラの手元を覗き込んで感心している。
「高校でタイピング部って、変わってるな」
斜め前に座るユウリ=ルーカスの言葉に、周囲の皆が頷く。
「もっと青春っぽい華やかな部活もあるんじゃないのか?」
「タイピング部は結構人気でしたよ? この先使う機会も増えそうだから、覚えておいて損はないだろうって」
「さすがエリート校……高校生でも意識高いんだな」
隣のグループの先輩がふむふむと感心している。
ってゆうか……なんでこんなに囲まれてるの。
そんな風に見られてたら、プレッシャーで手を止められないじゃん。
もう、ちょっと、休憩したいんですけど!!
30分以上早打ちし続けたミソラの手は、限界に近い。
しかし、皆が興味津々で見ているのでやめる勇気がない。
どうすれば――
「はい、一旦休憩しよ?」
差し出されたお茶から甘い花の香りがふわりと漂い、それに誘われ全員の視線がミソラの手元から離れた。
「リョウさん、ありがとうございます」
「ミソラちゃん、タイピングが得意だったのね。私の資料のお手伝いも今度頼もうかしら」
「是非!やりますやります!何でも言って下さい!!」
普段、課長のリョウとは接点が多いようでいて少ない。
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