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「あっ、それから、雪乃くんちょっと目閉じて」
なんだろうと思って涼介の指示に従うと、顎をクイッと軽く上げられ頬に柔らかいスポンジのような物が当てられた。
「さっき泣いたからね、メイクが崩れてる」
「メイクって言っても、簡単なのしかしてないぞ」
「それでもファンデとチークくらいはしてるでしょ? さっき、生徒に借りてきたから」
そう言いながら涼介は器用に俺のメイク直しをしていく。
なんか手慣れてるのが……腹立つな。
「こんなこと、他の人にもしてたら怒るからな」
焼きもちともとれるような台詞を言うと、涼介もそれに気づいたようで一瞬の間の後、嬉しそうに答えた。
「もちろん、雪乃くんにだけだよ」
そして、涼介の指が俺の唇をなぞってリップクリームを塗った。
「はい、完成。即席だけど涙の跡は消えたよ」
「ありがとな」
「どういたしまして。そうだ、もうすぐ家庭科部の子達がここに荷物置きに来るから、雪乃くんは移動しておいた方がいいよ」
「どこに?」
やっと静かに落ち着ける場所を見つけたと思っていたのに、突然告げられた言葉に俺は落胆する。
すると、涼介は俺の食べ終えたお皿などをトレイに片付けながら言う。
「美術室にたぶん山くんいると思うから、行ってみたら? 雪乃くんの着替えを持って行くから、校庭に出る生徒に紛れて移動して隠れてなよ」
その言葉に、今日は落ち着いて陽愛くんと喋れていないことに気づく。
壊れたセットを直してもらった時も、ろくにお礼も言えなかったし。
移動のために靴を恐る恐る履いてみるが、涼介のおかげかだいぶ痛みが和らいでいた。
「色々とありがと……スコーンもおいしかった」
少し照れながらもそう伝えると、涼介は優しく笑って俺の右手を手に取った。
「雪乃くんのためですから」
そして、手にした俺の甲にそっとキスをしてきた。
そんなキザな行動に、俺の頬が一気に熱くなる。
なのに、涼介は対して気にした様子もなくトレイを片手に空いている方の手でドアを開けてくれた。
「遠回りになるけど、あっちの階段から上に行きな」
校庭に向かうのに一番近い階段とは逆の階段を指差して涼介がそうアドバイスをくれたので、俺は周りを見渡してから廊下へと出る。
「じゃあ、後でね」
「おう」
そして、俺は涼介と別れて美術室へと向かった。
階段を上りながら、途中の窓で外を見ると徐々に校内から生徒や先生達が校庭へと集まってきているのがわかる。
文化祭の最後の締めのキャンプファイヤーは参加自由だが、やっぱり殆どの人達が残っている。
「俺もこんな格好じゃなきゃ行くんだけどな」
そう呟きながら、俺はうしろ髪引かれる思いでその場を後にした。
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