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眠れる美術室の王子様
「失礼しまーす……陽愛くん、いる?」
薄暗くて人気のない美術室のドアを開けながら、俺は小声で中へと声をかける。
中の気配から生徒はいないようだが、これでは陽愛くんがいるかどうかさえも怪しい。
俺は窓からの光が頼りの美術室へと入ってみる。
「陽愛くーん?」
名前を呼んでみるが、それに返ってくる声はない。
準備室の方かな?
そう思って、奥の準備室へと繋がるドアへと向かい歩いていくと、少し暗くなっている教室の隅に誰かがいることに気づく。
「うわっ……陽愛くん?」
一瞬、驚いたがよく見るとその影は陽愛くんが椅子に座って壁に寄りかかっていたものだった。
さらに近づいてみると、小さな寝息が聞こえてくる。
「器用に寝てるなぁ……」
美術室の背もたれのない椅子から落ちることもなく、上手く壁に上半身を預けて寝ている陽愛くんを俺は感心しながら眺めてしまう。
きっと、春樹のクラスの企画に参加したままの格好なのだろう。普段はラフな格好やサンダルが多い陽愛くんがキッチリとスーツを着込んでいる。
合わせ部分に白いラインの入った黒いシャツに伸縮のよさそうなシルバーのベストとズボン。それに白いジャケットを羽織ってピンクのネクタイを緩めに締めている陽愛くん。
こんな格好でダンスを踊ったのかと思うと、絶対に後でビデオを見せてもらおうと考えてしまう。
だって……かっこよくないはずがないもん。
俺はそんなことを思いながら、寝ている陽愛くんを起こさないように静かに隣の椅子へと腰をおろす。
「…………」
することもないので、なんとなく陽愛くんの寝顔を見つめてしまう。
窓から入る月明かりに照らされて、なんだか無垢な子供のような表情で寝ている。
よく考えたら、今回の学園祭で一番忙しかったのは陽愛くんかもしれない。
近藤先生の手伝いでクラスの企画にも関わっていただろうし、顧問である美術部は当然のこと。
さらにはオキに頼まれてTシャツのデザインもしたし、俺のクラスの舞台セットまで描いてくれた。
春樹のクラスではダンスの振りを教えたみたいだし、涼介の家庭科部にはデッサン……何だかんだでみんなに力を貸してくれた。
さすが俺達の先輩だね。
「お疲れ様、陽愛くん」
小さく労いの言葉を言ってから、俺は寝ている陽愛くんへとついつい軽くキスをしてしまった。
普段は自分からなんて恥ずかしいけど、相手が寝ているとなると意外と大胆になれるから不思議だ。
そう思っていたのに、俺が顔を離すと陽愛くんがまだ眠そうに目を開いていた。
そして、ふにゃっと笑うと寝起きの声で言う。
「可愛いお姫さまのキスで起こされた」
か、可愛いお姫さま……って、まさか陽愛くん寝ぼけてて俺だって気づいてないってことないよね?
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