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そんな心配をしていると、いきなり陽愛くんの両腕が俺の腰へと回されそのまま引き寄せられた。
「こんな格好して、どうしたの? 雪くん」
ほぼ真下から見上げるようにそう聞かれて、俺はホッとする。
俺だって気づいてくれてたんだ。
「あまり引っ張ると陽愛くんに体重かかっちゃうよ」
照れ隠しでそう誤魔化すと、今度は陽愛くんの片手が下へと移動したかと思うと、いきなり俺の足を掬い上げるように動いた。
「うわっ!」
突然のことにバランスを崩しそうになって慌てて咄嗟に陽愛くんの首の後ろへと腕を回して抱きついてしまった。
すると、陽愛くんの小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほどの動きで足を持ち上げられ、俺は座っている陽愛くんの膝の上にお姫さま抱っこされてしまった。
「ちょっ、ちょっと! 俺、重いから!」
俺よりも小さい陽愛くんに慌てて俺が退こうとすると、その陽愛くんに腰を押さえられてしまう。
「座ってるんだから平気だって……それより、どうしたの? その格好」
「さっきのケガした生徒の影武者」
抵抗するのを諦めて、俺はおとなしく陽愛くんの膝の上に乗ったまま今までの経緯を陽愛くんに説明した。
「くく……災難だったね、雪くん」
全てを聞き終えた陽愛くんが笑いを堪えながらそう言うので、俺は膨れながら答える。
「笑いごとじゃないよ。殆どこの格好のまま、逃げ回ってるんだから」
「ごめん……でも、その逃げてきたお姫さまが、何でこんな所で寝ている男にキスなんてするのかな?」
僅かに笑いを含んだような言い方で陽愛くんが聞いてきた。
いきなりさっきのことを振り返す意地悪な質問に俺は陽愛くんから顔を反らして下を向いてしまう。
「だって、陽愛くんが寝てたから……色々と陽愛くんが動いてくれてたんだなぁって思って」
「感謝の気持ちってこと?」
反らした顔を下から覗き込むように陽愛くんが顔を近づけてくる。
「それもあるけど……す、好き……だから。起きてたら自分からなんて出来ないと思うし」
「そっか」
陽愛くんは笑顔でそう言ったかと思うと、俺のカツラへと指を滑り込ませた。
「でも、どうせならこっちの方がいいな」
そして、陽愛くんの指が俺のカツラを軽く引っ張ると、散々動き回ったせいだろうか簡単に俺の頭から滑り落ちる。
「いつもの雪くんだね」
そう言って笑うと、陽愛くんの右手が俺の頬へと添えられた。
そのまま陽愛くんの顔が近づいてきたので、俺は条件反射で目を閉じてしまった。
「今日は……色々とありがとう」
そして、今まで言えなかったお礼を改めて囁くと、陽愛くんがクスッと小さく笑ったのを気配で感じた。
それに対して拗ねて顔を反らそうとすると、ちょっとのタイミングで陽愛くんの唇が俺へと重なってきた。
「ん……」
こうなってしまうと逃げるのは難しく、俺は陽愛くんの舌の動きに必死に応える。
十分に深いキスを味わった陽愛くんが顔を離した時には俺はすでに陽愛くんの肩へと頭を預けてしまっていた。
そんな俺の頭を撫でながら、陽愛くんが話しかけてきた。
「ねぇ……雪くん」
「ん~……?」
心地よい陽愛くんの手に意識を委ねながら、俺はぼんやり返事をする。
すると、陽愛くんが少し躊躇ったかと思うと、真剣な様子で聞いてくる。
「俺達とこんな関係になったこと……本当に後悔してない?」
その言葉に俺は驚いて陽愛くんの肩から頭を離すと、真っ直ぐにその顔を見つめてしまった。
いつもマイペースで何事にも動じない陽愛くんがなんだか少し不安そうに見えて、悪いと思いつつも俺は笑ってしまった。
「馬鹿だなぁ……後悔してるくらいなら、狼が四人もいるあの家に、毎日帰るわけないでしょ?」
そう、今の俺達は理事長が用意してくれた一軒家で生活している。
それがいくら一時期的なものだとはいえ、本来の俺の家があるわけだから五人で生活するのが嫌だったらいつでも我が家に帰ればいいだけだ。
でも、それをしないのは通勤が楽だからとか、そんな単純な理由じゃない。
大好きなみんなと過ごせるあの家が俺にとって、とても大切な空間になっている。
「まあ、隙あらば襲ってこようとするのはなんとかして欲しいけどね」
「それはムリだ。だって可愛い雪くんが無防備に目の前にいるんだもん」
俺が今の素直な気持ちを全て伝えると、徐々に陽愛くんの顔も和らいできてそんな軽口を返してきた。
俺はそんな陽愛くんの頭を自分の胸へと抱き寄せる。
「陽愛くん、俺がみんなといるのはちゃんと自分の意志だから……大丈夫だよ」
「うん……」
次の瞬間、窓の外で大きな音と色鮮やかな光が広がった。
「あ……ラストの花火」
「うわぁ、やっぱりこれは毎年綺麗だね」
あまりに見事な花火に、俺は陽愛くんから少し身体を離して窓の外を見上げた。
うちの学校の学園祭の最大の魅力は、理事長の演出で学園祭ラストにあがる大量の打ち上げ花火だ。
この花火は学校関係者はもちろん、近隣の方にも好評で毎年恒例になっている。
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