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「なにやってんの?」
「わわわわわ!!」
突然かかった声に、デジイチを取り落としそうなって大慌てで摑み直す。アツヒロが振り返ると、そこには白いトレーニングウェアの少年が立っていた。
あ、と声に出さずに再び驚く。今ちょうど思いを馳せていた陸上部の長距離陣で、いつも先頭を走っている顔だ。
「C組の… 佐倉くん、だっけ」
「そう。よく知ってんね」
「ゆ、有名人だからね…?」
佐倉駿輔、たしかインターハイ出場者だったはずだ。
写真部は学祭や体育祭などの校内イベントを中心に、校内報や卒業アルバム用に生徒の写真を撮ることも多いので、自然、アツヒロも学年全体に詳しくなる。
特に目立つ生徒には。
同じクラスになったことはないが、シュンスケはかなりの有名人だ。名前の通り本当に足は速い。学内マラソン大会ではもちろん毎年入賞しているし(三学年合同で走るので、一年時からそれはけっこうなことなのだ)、体育祭のリレーでも選手に選出されている。
実はスポーツで名を売るこの学校だが、陸上競技ではそれほど有名ではない。それでも全国大会出場なのだからやはり、スポーツエリートであろう。
その彼がいったい何を、と思っていると、シュンスケは再び口を開く。
「で、何やってんの。ここで、毎日」
そういえば質問されていたのだったか。アツヒロは急いで例のものを指差した。
「…ああ、富士山」
「そう」
「毎日撮ってんの?」
「うん」
「なんで?」
そこまで突っ込まれるのは初めてだった。え、と思わず聞き返しながら、改めてちゃんと向かい合ってみると、印象よりも小柄なことに気付く。中背でやせ型のアツヒロとそう体格も変わらない。
今のシュンスケはちょっと気怠げで、普段の、走っているときの研ぎ澄まされた顔や体躯とはまったく違う。いつもは二回りくらい大きく見えるのだが。へえ、と密かに驚きつつ、アツヒロはたどたどしく応える。
「えっと、風景写真でも、被写体が同じでも天気とか、季節とか、そういうので変わるから… 記録っていうか、日記? みたいな?」
言葉を繋ぎながら、これ伝わるだろうか… 無理だな、と判断して「つまり」と手にしたデジカメの液晶画面に保存されている画像を呼び出す。
「こんな感じ」
画面をシュンスケに向けて、富士のフォルダに入っている写真をコマ送り。そこには見慣れた山の、しかし確実に少しずつ違う姿が撮されていた。
「へえ…!」
シュンスケは存外、素直に感嘆するとカメラを手に添えて、画像に見入る。秋から冬、雪が増えていくのも、冬から春、山が明らかに碧くなっていくのも。こうしてみると本当に違うもんだな、とアツヒロ自身もけっこう感心した。
「すげえな。同じにしか見えなかった、ってか、毎日見たことねえな、そういや」
「あー、まあね」
あまりに当たり前すぎて、認識しないのだ。なくなったりしないし、いきなり形が変わったりもしないので。いつもそこにあるから見ない。見ているけど、見えていない。
それでも、確実に毎日違う。
それを見る自分の眼も。並べてみれば、その時々によって露光や露出、コントラストを変えているのが解る。シャッターを押す瞬間に感じたものが写っている。だから富士の写真はアツヒロにとって、自分自身の定点観測でもあった。
自分の心のカタチ、の。
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