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「おっ、長崎じゃん」
弾んだ声にはっとする。
そういえばシュンスケにデジイチを渡したままだった。彼は別のフォルダも開けたらしい。やばっ、と一瞬焦るが、入っているデータは学校用でまずいモノはなかったはず、と冷静に考え直す。いや、私用のだってヤバイやつはない、誓って。きっと。たぶん。
シュンスケは興味深げに画面を目で追っていた。
「修学旅行まで撮んの?」
「卒アルに使うから… 採用されるかはわかんないけど」
「そうなんだ、すげーな! コレとかけっこういいじゃん」
正直な称賛がすこし、心地良かった。自分のように特技も学力もない生徒は、よほどのことがなければホメられることもないことぐらい、本人も解っていた。
こういうのがひねてるってことか、というアツヒロの自嘲を、妙に低いトーンの声が遮った。
「…甲子園まで行ったんだ」
「あ、うん、新聞部と一緒に… まあ、野球部だから。今年は特に」
野球部はこの学校のヒエラルキー最上位にいる。実績はもちろん、歴史やら大人の事情やらメンドクサイものも絡んで、望むと望まざるに拘わらずそれは事実だった。学校ではもちろん試合ごとに応援団が組まれるし、試合の際は校内でのパブリックビューイングもある。
更に云えば、地方大会から本命視され、そのまま日本一になるなんてことはそうそう起こらない。今年は地方大会開幕からこっち、写真部もほぼ全員駆り出されておおわらわだった。アツヒロも大会終盤はずっと現地だったのだ。
「やっぱ暑そうだなァ。てか、スゲー人だな! なんじゃこりゃ」
「ああ、甲子園って47000人入るんだってさ」
「はー、よくやるよなあ、この猛暑に」
呆れているというよりちょっと、揶揄するようなもの言いにひっかかってシュンスケの顔を見れば、口調とは裏腹に実に真剣に画面に見入っていた。「なんでいっつも」等と言いつつ舌打ちした。
あれ…? とアツヒロが首を傾げていると、
「あっ!!」
一際大きな声が上がって、アツヒロは反射的に身を縮めた。が、
「これ、一枚もらっても… あ、いや、やっぱいいや… や、でも、」
こちらとカメラの画面を交互に見ながら、シュンスケは「いや」と「でも」を繰り返す。それまでの怠そうな様子はどこへやら、彼はとても狼狽して、というより、浮き足立っていた。
これはつまり、偶然すごく気になるカットを見つけたということだろう、とアツヒロは結論づける。というかそれ以外ない。気になる写真となれば、気になる子が写っていたと考えるのが定石だ。甲子園ならチアかブラバンの子かな、と予想しつつ、アツヒロは手を振りながらなるったけ軽く聞こえるように承諾した。
「いいよ、あげるよ。卒アルとかに使わないならどこにも出ないし」
昨今の肖像権とか個人情報云々によれば、本来は削除すべきだろうと思う。が、やはりカメラマンとしては、自分の撮った写真を完全に消去するのはなかなかに難しく、削除できた試しがない。
内心は忸怩たる思いのアツヒロを他所に、シュンスケの表情がぱあっと明るくなるのがわかる。見ているこちらも嬉しくなるくらいに。
「いいの!? マジで! や、でも… なんか悪いし…」
これまでのふてぶてしいとさえいえる態度が霧散して、もじもじと遠慮するシュンスケにピンときた。
そうか、よく知らない奴にピンポイントで好きな子を知られたくないよな、ふつう。
ということで、アツヒロはシュンスケからデジイチを取り戻しながら訊ねた。
「佐倉くん、いまスマフォ持ってる?」
「持ってるけど…」
「それなら、ここであげるよ。自分で好きなの選んで転送していいし」
「えっ、そんなコトできんの?!」
「このカメラ、無線LANでとばせるから。とりあえず、このアプリ入れて」
と、アツヒロも自分のスマフォを取り出し、シュンスケをナビゲートした。
誰だろうなあ、とアツヒロは頭の隅で考えてみる。さすがにアルプスは散々見たので、チアもブラバンもメンバーは覚えている。なお、この学校のチアガールは可愛いので有名だった。ただチア部は野球部のほとんどの試合に随行するせいか、野球部員と付き合う子が多いらしい。人気のある選手にファンがついたりもして、特に三年ではキャプテンと、あと外野手の誰かに集中してるとか。あくまで伝聞。
シュンスケも学内ではそれなりにモテ男だろうが、チアはハードル高そうだと考えるあたり、アツヒロも余計なお世話だった。
「で、スマフォを指定して… 接続しましたって表示出たから、これで写真選んで… 送信でOK、と」
「おお、ベンリ…!」
「データ移すのに、いちいちケーブルとか出すの面倒だしさ」
スマフォさまさまだ、とは父親の最近の口癖である。
「好きなの、指定して自分んとこに送ればいいから」
と、アツヒロは再度、デジイチをシュンスケに渡した。
「ちょうサンキュー…!」
はにかみながら写真を探す少年の横顔を見ると、ちょっとだけ良いコトをした気分になった。まあこれくらいはいいって、きっと、と自分に言い訳したりもする。
そしてアツヒロは三度、富士を仰いで、
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