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呑まれたように硬直する穂高の肩を、前正捕手のオカが摑んだ。
「感心してんじゃねえよ、コバ。さっさとキャッチボールはじめんぞ」
「…あ、ああ」
「ちょっと待てって」
なおも食い下がるシュンスケに、止める声が割って入る。
「シュンスケ!」
ちっ、と、今度はシュンスケが舌打ちした。彼がしぶしぶ振り返ると、向こうから陸上部の主将が走ってくるところだった。こちらも速い。トラックが専門の彼も、このまま系列の大学に進んで陸上を続けるはずだ。
向こうのキャプテンも、自らのエースの腕をとって引き戻す。
「おまえなー、アップもしねえでなにやってんだ。堂々とサボんなよ」
「いや、ちょっとリクルートしてんだ」
なんじゃそら、相手考えろ、と呆れるキャプテンにシュンスケも言い返す。
「だって、穂高と走るとタイム出るし!」
それも事実だった。
やはり練習と試合は違う。チームメイト以外と走ると、やはりタイムが上がるのだ。試合で打者と対峙したときに一番、球速が出るのと似ている。
「…それは解らないでもない」
と囁いた穂高に、わかってんじゃねー! というオカの突っ込みが入ったところで、見かねた?新キャプテンの上條が割って入った。
「佐倉さん、うちの右腕をペースメーカーにしないでもらえますか」
「けちけちすんなよ。減らないだろ」
悪びれず言い切るシュンスケに、上條は大仰なため息を吐いた。この二人、なんでも中学が一緒だとか。上條はキッパリと言い渡す。
「減ります。あととりあえず、いま邪魔です」
さすが主将、とオカと田村がこっそり拍手している。
うざい、と顔に書いてあるシュンスケが口を開く前に、穂高は妥協案を出した。
「今度、またこんど、一緒に走るから! 今日じゃなくて」
「ほんとか!? いつ?!」
眼をきらきらと輝かせるランナーに、右腕は考えかんがえ答える。年が明けるとすぐ就職先に赴いて自主トレが始まるので、もうそれほど時間はない。ただ、これからはつかの間、落ち着くはずだった。
「えーと、あー、次のオフならいい、かな…」
「まじで!! やった!」
おいおい、という雰囲気の野球部員を他所に、それはもう嬉しそうにシュンスケは破顔する。陸上部のキャプテンは、何故か上條に「悪いなあ」と謝っている。
「何日?!」
「うーん、カレンダー見ないと… あとでLINEする」
「おう、ゼッタイだかんな!」
そうして騒動は決着を見、万歳三唱する勢いのシュンスケをキャプテンがやれやれと引っぱっていく。
走るのは嫌いじゃない。
穂高がすこし振り返ると、キャプテンに引きずられるように遠ざかるシュンスケが見えた。
ただひたすらに風を切って走っていると、色々と余計なモノが落ちて、純粋な『じぶん』だけが残る気がする。野球が一等好きだが、たまにプレートを外したくなる事もある。
『小林穂高』であっても。
だから… 走るのは好きだった。
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