似ている

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 才谷さんについて考えている時、いつも何かに邪魔をされている気がする。何か知っている気がするのに、頭の中がもやもやしてどうしても思い出せなくなる。それがどうにも気持ち悪くて、調べてみようと思い立った。  ちょうど夫が持っていた本の中に、幕末の頃を舞台にした小説があった。  主人公は新撰組の鬼の副長で、彼らが江戸から京に上った辺りまで読んだ。才谷さんは慶応から来たと言っているし、ちょうどその頃のはずだ。思わず手に取った。  何か手がかりはないかと期待して読んでいるが、才谷梅太郎という人物は今のところまだ出て来ていない。  一方、才谷さんはいつもどこかそわそわしていた。彼は何も言わないが、幕末に残してきたがことが気になって気になって仕方がないのだろう。  才谷さんは、どうやら何かしていないと落ち着かないらしい。今はデジタルカメラに夢中になっている。リビングに座布団を敷いて座り込み、カメラをしげしげと眺めたりシャッターをきってみたり。何時までも飽きる気配はない。  才谷さんは幕末にいたころに写真を撮ったことがあるそうだ。だが、現代のカメラとは大きさも精度もスピードも、幕末のそれとは格段に違う。彼はそれに驚き、まさに興味津々の様子だ。ならばその本人を撮ろうとカメラをひょいと手に取ると、才谷さんにレンズを向けて構える。すると彼は意気揚々とポーズを取った。  わが家のリビングの隅には、木製の電話台がある。才谷さんのちょうど腰位の高さだ。才谷さんはそこに片肘をつき、その手を懐に入れて電話台に半身を預けた。顔は向かってやや左を向け、済ました顔をした。これで撮ってくれ、ということだろう。これが彼の決めポーズらしい。 「なんか……坂本龍馬みたい……」  シャッターを切りながらわたしが何気なくそう言った次の瞬間、才谷さんがぎょっとした顔でわたしを見ていた。そして、その鬼気迫る表情にわたしも心底驚いた。 「お、おまん……。どこでその名を……」 「え? 」  わたしたちはお互いに?マークを飛ばし合っている。 「ええと、日本人なら誰でも知ってる名前や思いますけど……? 」 「そ、そりゃあ、ワシ、追われちゅうき……」  才谷さんは驚愕の顔つきで、冷や汗までかいている。けれど、話はかみ合っていない。 「いえ、そういう意味やなくて……。歴史上の重要人物というか……」 「……んん?なんや? それはどういうことやか? 」 「維新の立役者として現代ではめちゃめちゃ有名人ですけど、才谷さんは聞いたことありません? 」  才谷さんは狐につままれたような表情で、じいっとわたしを見つめた。 「そうか! ワシ、そんな有名人やったがか! 維新の立役者とな……ほー」 「……え? 」 「ん? 」  今度はわたしがきつねにつままれる番だった。今の才谷さんの発言は、自分が坂本龍馬であることを認めた事になる。  信じられないことではあるが、既に彼は時を超えて箪笥から飛び出すという非常識をやってのけている。もう驚かない。ここ最近のもやもやが一気に解消した。 「と、いうことは……才谷さんは偽名やったんですね、坂本龍馬さん」 「はっ!しもうた、そうやった……」  狼狽える才谷さん、もとい、坂本さん。慌てる彼がなんとも可笑しくて、わたしはくすりと笑った。 「わ、笑い事やないぜよ。命に関わるきに」  しどろもどろする坂本さんは、だらりと冷や汗を落とした。 「わたしは暗殺も告げ口もしませんよ。関係あらへんし、安心してください」 「お、おう。それも、そうか」  まだ落ち着かない坂本さんをなだめながら、わたしはふと気が付いた事に心の内で青ざめた。坂本龍馬といえば、史実では近江屋で暗殺されるのだ。  もしも坂本さんの仮説が正しければ、彼は次の新月には近江屋に戻れるだろう。けれど、暗殺のことが分かっているのに、このまま返さなければならないだろうか。なまじ親しくなったからこそ、見殺しにしたくない。  かといって、わたしの一存で引き留めるほどの勇気もなかった。仮に首尾よく坂本龍馬が生き残った場合、歴史がどのように変わるかなんて想像もつかない。  何か最善なのかと思い悩んでいることを、坂本さんに悟られないようにしたかった。けれど、顔に出てしまったのだろう。坂本さんが何かに気付いたような表情でこちらを見る。「いいえ」と小さく返し笑ってごまかすと、それ以上は追求はされなかった。  本人に話すべきか、話さざるべきか。もしも引き止めるとしたら、どのくらいの時間が必要なんだろう。いつ頃殺されるのかを調べて計算が必要だろう。それともこの後すぐ死ぬのなら、やっぱり返さないのも一つなんだろうか。  しかし、返さないとなると、今後の生活の心配がある。仮初の現状ならともかく、匿うからには半端な支援ではあっという間に露頭に迷う。それでは無意味だ。  そうして頭の中はぐるぐると堂々巡りを繰り返していた。
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