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第一章
ここは駅前の本屋。本の街、神保町にある大型新刊書店だ。
俺は客ではなくアルバイト店員としてここにいる。大学の入学時から始めたので今年で勤めて四年目になる。つまるところ現在、大学四年生。就活真っ最中だ。就活関連の書籍がレジに持ち込まれる度に俺は息が詰まりそうになる。この一文から俺が今どんな状況に置かれているか察してほしい。
「なあ、由乃。この間の面接どうだった?」
由乃というのは俺の名前だ。フルネームは染谷由乃。尋ねてきたのは同じくアルバイト店員の吉永努。質問には答えたくなかったが先輩の言葉を無視するわけにいかない。
「駄目でした。ご丁寧な文面で見事にお祈り申し上げられましたよ」
「敗因は?」
容赦ない質問が続く。俺は苦し紛れに答える。
「集団面接だったんですけど、俺が考えてきた志望動機とまんま同じ答えを一個前の人が言ったんです。それから散々で」
「臨機応変に対応できないお前は言葉に詰まって数秒だんまり。その場で必死こいて思いついた言葉も噛み噛みで、そのまま面接終了」
吉永先輩が言ったことは概ね合っていた。
「自分のことを棚に上げてよく言えますね。そういう吉永先輩はどうなんですか? 俺は『卒業』は確定されてますからね」
卒業という言葉をあえて誇張する。俺にとっては反逆の一手だったが、吉永先輩は全く動じてない様子だった。
「知らないのか、由乃。大学って八年まで行けるんだぞ」
「強い。もはや勝てる気がしないです」
吉永先輩は三つ年上で俺と同じ大学に通っている。先輩後輩の仲だったが吉永先輩は三年連続単位を落として留年し、とうとう俺と同じ学年になってしまった。真面目だけが取り柄の俺は卒業に必要な単位はすべて履修している。後輩である俺が吉永先輩より先に卒業することになってしまった。
それでも吉永先輩は焦る様子はない。何年留年しても許されるくらいなのだから、きっと裕福な家庭なのだろう。『努』という名前のくせに何も努力してない自由人だと俺は思う。
「ま、オレはそんな感じだからお前も気楽にやれよ」
「先輩に言われると肩の力が抜ける気がします」
「だろ?」
吉永先輩はヘラっと笑う。もしかしたら落ち込んでいる俺を励ましてくれているのかもしれない。こういう所があるから何だかんだ言って憎めない。いつか決まるだろうと気持ちの折り合いを付けていると、パートさんがレジまでやってきた。
「染谷君、吉永君。新刊の荷台が来たからパックと品出しやってくれる?」
「わかりました」
パートさんにレジを代わってもらってバックヤードに移動する。荷台で運ばれてきた大量のダンボール箱を見上げて途方にくれた。これをすべて品出ししなければいけない。書店員というのは楽そうに見えて案外重労働なのだ。ダンボールを開けると、中には雑誌がみっちり詰まっていた。
「まずは雑誌から始めますか」
雑誌はビニール紐でひし形に一括りで結んで店頭に並べる。結ぶのは主にコミック誌、付録つきのファッション雑誌、成人向け雑誌の三種類だ。コミック誌は立ち読み防止の為、付録つきの雑誌は付録の盗難防止の為、成人向け雑誌は未成年の目に触れさせない為に結ぶことになっている。なのに吉永先輩はタウン情報誌を紐で結び始めた。
「だから吉永先輩。情報誌は紐で結ばないですって」
「カップルがイチャイチャしながら立ち読みするとこ見ると殺意湧くから」
表紙には『夏のデート特集』と書いてある。
「その気持ちはわかりますけど、リア充への個人的な憂さ晴らしをするのはやめてください」
「へいへい」
吉永先輩は渋々と紐を解く。いや、勝手に非モテ男子にカテゴライズしちゃったけど、この人別にモテないわけじゃないんだよな。精気を失った瞳は悪く言えば死んだ魚の目。良く言えばアンニュイで色っぽい瞳をしている。おまけに整った顔立ちとモデル並の長身のスタイル。女性に声を掛けられている場面を俺は何度か目にしたことがある。だが吉永先輩には通じない。
なぜなら――。
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