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第四章
今日は単行本の表紙絵の打ち合わせに来ている。俺だけでなく透子さんも一緒だ。
上里先生のサイン会の後、俺は泣いている透子さんを抱き締めてしまった。いくら無意識だったとは言え、自分でも驚いた。公衆の面前であんなに大胆なことをしたのは初めてだ。ひょっとしたら俺の妄想だったんじゃないかとさえ思う。だけど抱き締めた透子さんの腕の感触が今でも鮮明に思い出せるほどリアルに残っている。
ちらりと横目で透子さんの姿を確認する。明里先輩の話を真剣に聞き入っていた。
「で、由乃君はどう思う?」
「へ?」
突然、明里先輩に話を振られて素っ頓狂な声を上げる。
「聞いてなかったでしょ。描くのは由乃君なんだからしっかりしてよ」
「すみません。もう一度、言ってもらえますか?」
「一巻の表紙は最初だから刹那単体で行こうって話。女の子が主人公だから一人でもビジュアル的に映えるしね」
「いいと思います。透子さんは?」
「私も他のキャラを入れるより、主人公を明確に認識できて良いと思います」
机に置いてあったカレンダーに目を向ける。今日は水曜日。ラフくらいなら二、三日あれば余裕だろう。土日挟むよりかは金曜日までに出した方が会社員である明里先輩にとっては都合がいいはずだ。
「金曜日までには出せると思います」
「わかりました。じゃあ早々にチェックして秋月先生に回します」
「私もレスポンスを早くするようにしますね」
始めた時と比べてスケジュールを見積もるのにも慣れてきた。それから軽く雑談して、打ち合わせは早々に終わる。打ち合わせ中、透子さんは終始平然としていた。やはり俺の妄想だったんだろうか。それともセクハラだと思われて愛想を付かされたのか。ぐるぐると思考を巡らせながら編集部からエレベーターまでの道を歩く。
「由乃君、なんか今日ぼーっとしてるね。何かあった?」
「いえ、別に……」
「そう、ならいいけど」
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