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おばあさんの足元においてある楽器のケースには、次々とコインが投げ込まれていく。日本でもたまに駅前で演奏しているミュージシャンなんかを見かけるけれど、中々そのようにお金が投げ込まれている様子は見たことがない。おばあさんは決して音楽を見せびらかすように弾いているのではなくて、どちらかというと、ゆっくり、それぞれの曲を確かめるように弾いている。まるでいつも家で1人ギターの練習をしている自分を見ているみたいで、なんだかくすぐったい感じもした。
やがておばあさんは演奏をやめると、そそくさとアコーディオンをしまいだした。腕時計を見ると、どうやら僕たちは気が付けば30分以上もここに立ち尽くして演奏を聴いていたらしかった。ゴッピーが声をかけた。
「サンキューベリーマッチ。グッドミュージック。ワッツユアネーム?」
「ミシェル。」
おばあさん……ミシェルは荷物をまとめながらそう答えた。そして、そのあと矢継ぎ早に何か言った。
「〇□×▲」
ミシェルの英語はかなりなまっていて、聞き取りにくかった。何度か聞き返した末、どうやら今日の夜パブで演奏をするから、音楽に興味あるならおいで、という旨を伝えようとしていることが、彼女のジェスチャーなどを通じてわかった。
「ホェアーウィルユープレイトゥナイト(どこで演奏するんですか)?」
僕の問いに、彼女は一言答えた。
「コブルストーン。」
それは偶然にも、昨日洋子さんに教えてもらったのと全く同じパブだった。
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