コブルストーン

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コブルストーン

 ミシェルに場所を教えてもらった僕たちは、ホステルに戻ってスーパーで買った冷凍のピザを食べたあと、彼女がチリ紙の裏に書いてくれた簡易な地図を頼りに、コブルストーンへと向かった。時刻は、もう夜9時を回っていた。  なんと、偶然にもコブルストーンは僕たちが泊まっているホステルのすぐ裏にあった。店名が白い文字で掘られた緑色の看板のすぐ横には、ほかのパブと同様にギネスビールのマークがあった。パブの中からは、もうかすかに音楽と喧騒が聞こえてきていた。どうやら昨日のパブよりも混んでいそうだ。僕らは恐る恐る、パブの中へと足を踏み入れた。 「ハーイ。」  パブに入ると、すぐにミシェルにあいさつされた。パブに入ってすぐのところには小さなスペースがあって、そこに楽器を持ったミュージシャンがたくさん座っていた。バイオリンやフルートのような楽器から、なんだかよくわからない楽器まで様々だった。僕たちがギネスビールを頼んで席に座るとすぐに演奏が始まる。先ほどストリートでミシェルが弾いていたのんびりとしたメロディに、ほかの楽器が同じメロディを添えて重なっていく。彼女たちは輪になって、皆目を閉じながら、一音一音かみしめるように演奏していった。そして、いくつかのメロディを弾いては、輪の中心に置かれたテーブルからグラスを手に取り、酒を喉に流し込む。そして少しお話をした後、また弾きはじめる。その一連の流れを、ひたすら繰り返すのだった。 「息をするみたいに弾くんだなぁ、皆。」  つぶやくようにゴッピーが言った。見たところ机の上には楽譜もないようで、どうやら彼女たちはそこで弾かれるメロディをすべて覚えているらしかった。丸くなって演奏する彼らが中心となって、そこから生まれた音楽が暖かい風になって、パブの中をそよそよと吹いていく。そんな感じだった。  その一方で、彼らはきっと、誰かのためではなく、自分たちのために演奏をしているらしかった。丸くなって演奏しているのもそうだ。ライブのように客に向き合った席の配置ではない。向き合っているのはミュージシャンたちと、お互いが鳴らしている音だけのようだ。彼らの音は決してこれみよがしではない。お互いの音だけに耳を澄ませて、客ではなく、お互いが気持ちいい速度で演奏が作られていく。僕はなんだか、そんな彼らがとても、羨ましくなった。
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