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暗闇はなにを誘う
強烈な喉の渇きに、目が覚めた。まだ窓から日差しを拝むことは出来ず、変な時間に意識が浮上したのだと知る。欠伸を一つしたが、もう一度寝付く気になれずに起き上がった。とりあえず、喉の渇きをどうにかしようと、寝室からリビングにあるキッチンへ。ガラスのコップに、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注ぎ一気に飲み干す。冷えた水分が身体を駆け巡る感覚に、いよいよ目は冴えていった。キッチンの明かりだけに照らされたリビングは、黄昏れくらいの明るさで、静かに起きているには心地の良いものだった。特に意味もなく、リビングを徘徊し始めた。声を立てず、下を向いてフローリングの木目を観察する。滑らかな感触のそれは、それでも本来の木の感触ではなく、上から何かを塗られて光を反射していた。光の反射を目で追っていく。すると。
「ん…………?」
明らかに黒く塗りつぶされたような箇所がある。ちょうど、ソファーの後ろ側のところ。陰かと最初は思ったが、光源の位置からして出来るところではない。不可思議に思い、近くに寄って見る。どうやら、フローリングがめくれているようだ。はて。
「昨日までこんな場所、なかったはず」
フローリングはぴったり一枚分だけめくれていて、引き剥がされたような傷はない。ただただ、細長くそこだけ切り取られてしまったよう。思い立ち、寝室にスマホを取りに戻る。そうして、ライトを起動させてその「切り取られた床」を照らしてみた。やはりおかしいのは、見えるはずの床下がなく、まるで光を全て吸収しているようになにもないことだ。この暗闇はどこまで続いているのだろう。
「なにか、要らないものでも落としてみよう」
そう考えて、たまたま目に入ったキーホルダーを手に取る。キーホルダーは真新しいが、嫌いな同僚の旅行のお土産なので、惜しくはなかった。しゃがみこみ、そっと暗闇へ転がり落とす。ポトリ。底に到達するような音ではなく、水に小石が落とされたような音がした。
「水……?」
この床の下に水が?昨日は晴れていて、雨など降っていないはずだ。第一、ここはアパートの三階である。浸水しているとは考えられない。綺麗に剥がれたフローリングに、謎の水。なにからなにまで理解に苦しむ。しかし、そこで私は勇気を持って、いや勇気なんて大層なものではないかもしれないが、思い立って暗闇の表面に触れた。
「冷たっ」
驚いて手を引っ込めた。指先は湿り気を帯び、指同士をこすり合せるとなにやらベタベタとする。この感覚は身に覚えがある。波打ち際で、申し訳程度に海に触れた瞬間と似ている。そこで、嗅覚を働かせると、明らかに潮の匂いが漂っていたことに気がついた。
「海、海水ってこと?」
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