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汐里さんのお義姉さん、遠野薫さんから届いたという和紙の手紙にしたためられた文字はやけに流麗で、思わず姿勢を正してしまった。
手紙には、実は祖母から私のことを任されていて、後見人を引き受けていたことや、祖母が私の大学進学を強く希望していたことが丁寧にしたためられていた。
どれも寝耳に水の内容だ。
お祖母ちゃんは一言も私には話してくれていない。
そもそも、お祖母ちゃんにF大受験の話などした覚えもなかったはずと、記憶を遡る。
――進学の話なんて、した覚えは――。
思い当たった、それは夏休みのことだった。
受験に向けて勉強漬けの有ちゃんが息抜きにうち来た時のことだ。
「有ちゃんは関西圏志望なんだ?私だったら京都に行ってみたいかも」
「京都いいよね。だったらF大とかは?ナナはどこでも狙えそうじゃん。いいよねぇ」
「それは贔屓目だよ。有ちゃんは直ぐに私を過大評価したがるんだから」
「で、ナナは私の期待を裏切れなくていつも頑張るわけだ。私ってば愛されてるなぁ」
「うん、愛してるね。それもかなり」
「そういう有ちゃんは本番に強いから大丈夫だよ。きっと、春には麗しい女子大生だよ」
「あははっ。『麗しい』て、いつの言葉さ」
「京都も考えたけど、それだと伯母さんがいるんだよねぇ」
「下宿をされているっていう伯母さん?」
「そう……。そこから通えって、絶対言われる。100%言われる」
「嫌なの?」
「だって、憧れるじゃん!夢の一人暮らしだよ!伯母さんとこだと、今と大差ないじゃん!」
などと冗談を言い合っていた記憶がある。
きっと、あんなたわいない会話を祖母は心に留めていたのだろう。
最後まで孫の行く末を気にかけてくれていた祖母に胸が詰まる。
病気のことも、私の進学のことも、勝手に決めてしまった祖母。
打てる手を全て打ち、満足そうに笑う祖母が見えた気がした。
『ナナ、前に進め』
見えない手に、私は確かに背中を押されていた。
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