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第1章 フネさん現る
《遠野調剤薬局》手にしていた携帯が位置情報を示している。
小ぶりのボストンバックを括り付けたキャリーバックを引き連れて、私、卯月七世は下鴨にある京町家の前でしばらく躊躇していた。
掲げられた年季の入った看板に、緑の筆文字で書かれた店名は、確かに記憶するそれだった。
「ここ…だよね」
誰にともなく訊ねるように住所を確認してみたが、どうやら間違いないようだ。
古都と呼ばれる京都らしい趣のある佇まい。その玄関戸に通せん坊のように立てられた『本日定休日』の文字に、少し首を傾げてしまう。
――年中無休の筈ですが……。
「連絡はしてあるし、住所は間違いないし、大丈夫……かな」
格子窓を覗いてみたけれど、中の様子は窺えない。
「薬局なのに……」
京都は小学校の修学旅行以来だった。
「京都ではぶぶ漬け《お茶漬け》が差し出されたら、『早よ、去ね』の意味だとは多くに知られてますが、そのように遠回しに嫌味を言うのが京都人やから気を付けてね」
冗談っぽく笑っていたのは当時のバスガイドだ。
「上手くやっていけますように」
祈るような気持ちで立て札の横を擦り抜け、玄関口の建具に手を掛けた。
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