秋の風

3/7
前へ
/7ページ
次へ
職員室の窓から見える夕陽。 夏も終わり、日が暮れるのが早く感じていた。 もう季節は秋だな。 生徒の進路が3分の1、決まっていない。 彼らの今後をどうするか、、、。 進路希望の用紙を見ながら、はぁっとため息をついた。 推薦状もまだまだ残っている。 書類の山だ。 気づけば職員室には俺1人で、今日も残業かと肩を落とす。 推薦状やら、事務書類に追われるのは面倒だが生徒の事を考えると、面倒とは言っていられない。 響も就職試験に最近力を入れていて、あれから会っていない。 電話やメールでは日々の事を連絡し合ってはいる。 響は日々、小論文やら筆記試験やら忙しくしている。 今日はバイトの仲間が送別会を開いてくれると昨日電話で言っていた事を思い出す。 久しぶりに会いたい気持ちもあるが、響も色々忙しいようだ。 さて、もうひと頑張りするかと、気持ちを奮い立たせる。 コーヒーを淹れようと席を立った時だった。 職員室のドアがガラッと空いて、誰かが入ってきた。 中島先生だった。 俺に気づき、声をかける彼女。 「お疲れ様です。残業ですか?」 「ええ、まぁ。まだ推薦状途中なんで。」 コーヒーを淹れながらそう答える。 「三年生の担任は大変ですね。」 そう言って、中島先生は自分のデスクで、カバンを開き帰り支度をしている。 中島先生がこんな遅くまで学校に残っているのは珍しい。 美術部も、もう終わっているはずだ。 「中島先生も珍しいですね。こんな時間まで。」 自分の席に着き、コーヒーを飲みながら聞く。 「ええ。個人指導してたんです。先生のクラスの林さんに。」 中島先生の話に、あぁ、、、と納得する。 俺のクラスの林は東京の国立美大に推薦入学を志望している。 中島先生は続ける。 「彼女にデッサン教えてあげていたんです。彼女センスがとてもあるんです。才能も。だから私もつい手助けしてあげたくなっちゃって。」 なるほど。 「へぇ。あいつそんなに絵、うまいんですか。林の推薦状書いておきましたよ。」 美術の成績、授業態度など総合的な判断で推薦状を書くのは俺の仕事だが、実際の絵のスキルまではわからない。 「ありがとうございます。林さんならきっと大丈夫だと思うわ。」 中島先生がそう言うなら、きっと大丈夫なのだろう。 美術の教師がそう言うなら、とりあえずは一安心だ。 帰り支度をして、そのまま職員室を出ていくのかと思っていたら、中島先生が止まり、口を開く。 「伊藤先生には先に伝えておきます。私、今期で退職するんです。」 急な中島先生の発言に、少し驚いた。 「、、あぁ、そうなんですか。」 「ずっと異動届を出していたんですけど、なかなか空きがなくて。でもやっと空きがある学校が見つかったんです。」 異動届? どこか違う場所に行きたいとういことか? まさかな、、、、。 一つ頭に、ある考えが浮かんだが。 まさか中島先生がそんな事をするとは考えられず、かき消した。 中島先生が続ける。 「私立高校なんですけどね。東京の。」 まさかと思ったことが的中した。 まさかとは思ったが、東京?? 「東京ですか?」 中島先生は、くすっと笑いながら、「ええ。」と返事をする 驚きを隠して冷静を装っていた俺だが、見透かされたようだ。 この人には、何を隠してもムダだなと観念する。 「、、、正直、驚きました。」 「そうですか?」 中島先生はそう言って、含み笑いをしている。 東京には、川合がいる。 浪人して今春難関の東大に入学した。 あいつに付いていくというのか?? まさか中島先生が? そんな無謀な事をするような人だったか? この人は。 「可笑しいわよね。この歳で今から彼について東京に行くなんて。無謀だと思ったでしょう。」 自虐的にそう言って笑う中島先生。 そう言いつつも、なんだか嬉しそうにも見える。 今年の春から、東京と北海道という遠距離であっても、川合とは続いているんだろうとは、なんとなく気づいてはいたが。 確かに距離は遠いが、それだけではない。 両者の立場を考えれば、それだけの問題ではなく、色々難しい事もあるだろう。 だが、それを踏み越えても、あいつに付いていこうと決めた彼女の覚悟を考えると、驚かずにはいられない。 「東京、、ですか。」 以前の中島先生なら考えられない。 だが、最近の中島先生は、以前とは違う。 雰囲気が丸くなったという表現が一番合っているかもしれない。 「東大生も色々大変そうで。私が行ったところで、何が出来る訳でもないかもしれないけど。 誰かの為に尽くす人生も悪くないんじゃないかしら。そう思ったんです。」 中島先生の口からそんな言葉が出てくる事に驚いてしまう。 川合が、変えたのか? 彼女の人生観を変えてしまうほどに。 すげぇな、、、。 川合も、全てをゼロにしてスタートする彼女を受け入れる覚悟がなきゃ、簡単に出来る話じゃないだろう。 あいつに、その度量があるのか? 疑問にも思うが。 まぁ、中島先生が決めた事なら、俺が口を挟む事もない。 「そうですか。正直驚きました。でも、中島先生が決めた事ならいいと思います。」 2人がそう決めたんだ。 色々考えただろうし、中島先生も覚悟があるんだろう。 「ええ。まだ来年の春の話ですけどね。伊藤先生には色々お世話になったので、先にご報告をと思ったんです。」 中島先生はそう言って笑った。 知らない土地で、知らない人間に囲まれて新たな生活をするんだ。 川合との関係も、続くとは限らない。 この先の将来を不安に思う事もあるだろう。 だが、俺には全くそんな素振りを見せる事もない。 強がって見せないのか。 いや、中島先生を見ていると、東京での生活が楽しみな様子だ。 「そうですか。わざわざありがとうございます。」 「それじゃ、お先に失礼します。」 そう言って中島先生は職員室を出て行った。 東京か。 年下の、しかも現役の大学生について行くということは、相当な覚悟が要ることだろう。 付き合いが続けばいいが、そんな先の事はわからない。 中島先生もそれは分かっている事だろう。 それでも、ついて行くと決めたのか。 もともと芯の強い人だとは思っていたが、まさか東京に行くとは、な。 コーヒーを飲みながら、色々考えを巡らせる。 新しい土地で新しい環境のもと一からスタートするのは勇気がいることだ。 支えてくれる誰かがいれば乗り越えることができるかもしれないが。 それにしても、大胆な決断をしたものだ。 響に伝えたら驚くだろうな。 あの中島先生が?と騒ぐ姿が目に浮かぶ。 早く教えてやりてぇな。 そんな事を考えると無性に会いたくなった。 携帯を取り出し、ボタンを押そうとするが、手が止まる。 ちょうど今頃送別会の最中か。 携帯を机に置き、山積みの書類に手を伸ばした。 みんなそれぞれ自分の道を歩き出しているのか。 秋の夕空が少し切なくもあり、自分の背中を押しているような感覚がした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加