秋の風

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「響ちゃん、就職活動頑張ってね!!」 香さんが、ビールを飲みながら、顔を赤らめて言う。 「絶対うちの図書館来てね!。そしたら会いにいくし!!。っていうか、本借りにいくよ!」 真紀さんもカクテルを飲みながら、そう言ってくれる。 今日はバイトの仲間内の送別会。 バイトを辞めた私のために先輩たちが計画してくれたんだ。 「ありがとうございます。受かればいいんだけど。頑張ります。」 そう言う私に、「大丈夫、大丈夫」と言ってくれるのは香さんの彼氏の中川さんだ。 「うちの図書館広いから働くのも大変かもしれないけど、結構みんな暇そうにしてるよね。」 真紀さんが言う。 「なんか座って仕事してる人多いよ?。バイトの方が絶対キツイと思うよ。」 そう言うのは、隣に座る同い年の斎藤君。 「そうなんだ。」 確かにバイトは力仕事だ。 同じ本の仕事なのに、図書館は違うのかな? みんなは北大だから、よく行く場所のようで。 私はいまいちピンときていないけれど。 「今の書店も受けるんでしょ?」 斎藤君が聞く。 「うん、そのつもり。だけど、第一志望はやっぱり図書館かなぁ。」 今のバイト先の方が勝手がわかっている分、楽だとは思う。 でも、今の私には、北大の図書館で働きたい気持ちが強い。 あの場所が一目で気に入ってしまったから。 香さんが、はぁーっとため息混じりに言う。 「響ちゃんも、もう、就職かぁ、、、。社会人になっちゃうんだねぇー。」 「早いですよね。この前入学したと思ったら、もう就職活動しなきゃならないし。2年なんてあっという間です。」 私も苦笑いをしながら答える。 本当に時間が過ぎるのは早くてあっという間だ。 「うちらなんて、まだ2年も大学あるんだよー!!」 香さんが、不服そうな顔で言う。 「香さん、なに言ってるんですか!俺なんてあと四年あるんですよ!。四年ですよ!?」 香さんに、強い口調で返す斎藤君。 斎藤君は、卒業まで確かにあと四年もあるんだ。 あと4年も、大学で勉強するのか。 そう考えると、すごいなあと思ってしまう。 「6年になったら、国家試験あるし。来年は猛勉強しなきゃならないんだよ。うちらもいつまでバイト続けられるか、、ねぇ?」 真紀さんが、香さんに向かって言う。 そうか、、6年生になったら、獣医師になる為の国家試験があるんだ。 みんなの話を大変そうだなと思いながら聞いていた。 ビールが進み、酔ってきている香さんが、私に向かって言う。 「響ちゃん、彼氏のところに永久就職すればいーじゃん!」 え!!!?? 永久就職!? いやいやいや、、、!!! 香さんの突然の言葉に驚いてしまう。 「それいーかも!響ちゃんの彼、超大人だし!!結婚しちゃうのもアリだよね!」 真紀さんも香さんの話に乗っかって、私を煽るんだ。 「結婚なんて、そんな!まだまだ先の話ですよ!!それより、まず就職です!!」 2人の話を真っ向から否定するけれど、2人は「そーなのー??」と、納得をしていない顔をする。 そんな結婚なんてまだまだ先の話で。 それよりも来年ちゃんと就職できるかどうかの問題が目の前にあるのに。 「私は早く結婚したいけどなー!!」 少しお酒が進んで顔が赤くなっている香さんがそう言うと、隣で聞いていた中川さんは呆れ顔をしている。 「おまえなに言ってんだよ。まずは資格とって、無事卒業して、就職だろ。」 そんな2人の会話をうんうんと頷きながら聞いている真紀さん。 真紀さんは、中川さんの事をずっと想い続けてきた。 その事を知っているのは私だけで、真紀さんの表情を伺ってしまうけれど。 真紀さんは、香さんと中川さんのやりとりを笑いながら聞いている。 、、、もう平気なのかな?? どうなんだろう、、、。 真紀さんの心情を気にしていると、香さんが真紀さんに唐突に話を振ったんだ。 「真紀も結婚したいでしょー??」 真紀さんは驚いた顔をして「結婚!?」と聞き返す。 「響ちゃんのがこの前紹介した彼!!いい感じなんだもんねー??。」 香さんがニヤニヤした顔で真紀さんの顔を覗き込む。 え!?!? それって、、まさか、浅葱先生!? 「ちょっと!香!やめてよー!いい感じとかじゃないんだから!!」 そう言う真紀さんの顔は少し赤らんでいる。 お酒のせいだけじゃなさそうだ。 もしかして、、、 うまくいってるのかな?? 浅葱先生と真紀さんのその後の事は、先生に聞いても、「聞いてない」「知らない」としか、返ってこないし、真紀さんに聞いても、はぐらかされていたから。 だからどうなっていたのか、気になってはいたんだけれど。 「真紀さん、それって、浅葱先生のことですか?」 私も驚いて聞いてしまう。 「まだ付き合ってないよ!!」と、否定しているけれど、真紀さんの顔は嬉しそうだ。 「付き合ってるようなものじゃん!デートしてるんでしょ??学校終わりに迎えに来てるし!。」 香さんがそう言うと、「あ、それ俺も見た。」と中川さんも言う。 そっかぁ。 デートしてるんだ。 いい感じなんだぁ。 よかったなぁ。 「違うよ!!響ちゃん!全然そういうんじゃないの!!。ただ会う回数が最近多くなってて。でも、付き合ってないの!本当に!」 真紀さんは顔を赤らめて必死になって私に言う。 だけど、やっぱり、そう言う真紀さんは少し嬉しそうで。 真紀さんが、ちゃんと先に進んでいるようで、嬉しさがこみ上げる。 中川さんを追っていた辛い恋心を知っているから尚更だ。 親友の彼氏を好きになってしまった真紀さん。でも、その気持ちをずっと心の奥にしまい込んでいたと思うと、、、とても切ない。 浅葱先生の存在が、真紀さんの心を開く鍵となってくれたのなら、それはとても嬉しい話だ。 「真紀さん、よかったですね!浅葱先生優しいし!絶対お勧めです!!」 「やめてよー、響ちゃん!違うんだってば!」 真紀さんも少しずつ、新しい恋に進もうとしているんだなぁ。 そんな話で盛り上がっていると、斎藤くんが口を挟む。 「みんな相手いていーなー!俺ずっと独り身なんだけど!」 なんだかひねくれた言い方をする斎藤君。 斎藤君には彼女がいない。 友達になってから、もう一年以上の付き合いになるけれど、今までに浮いた話がひとつも無いんだ。 斎藤君は、見た目は可愛い感じで、人懐っこいところがあって。 彼女いそうだなぁと思っていたんだけれど、違ったみたいで。 いつもモテないって愚痴をこぼしている。 「おまえはずっと独りでいーだろ。」 中川さんがあっさり、斎藤君を切り捨てる。 「先輩冷たくない?。俺も彼女欲しいよ?」 斎藤くんがコーラを片手に熱弁している。 「いーだろ、おまえ、マルコがいれば。」 「まぁ、そーなんだけどね。俺はマルコが一番!!」 マルコとは、最近斎藤君が飼い始めた柴犬の名前だ。 ずっと飼いたいと思ってたみたいで、バイト代を溜め込んでいた斎藤君。 やっと運命の子に巡り合ったと言っていた。 本当に犬が大好きでたまらない様子の斎藤くん。 彼女よりも、愛犬に夢中なんだ。 「今日のマルコ見る!?!?」 と、斎藤君は携帯を取り出し、小さなかわいい柴犬の写メをみんなに見せる。 確かにすごくかわいい。 「かわいいでしょ?俺の彼女だから!」 そう言って誇らしげにする斎藤君。 そんな斎藤君の姿は微笑ましくて、笑みがこぼれる。 斎藤君らしいなぁ。 「また始まったよ。こいつの犬バカ。」 そう言って中川さんは呆れている。 香さんも真紀さんも苦笑いをしているけど、 でも、なんだか憎めないんだよなぁ。 楽しい時間はあっという間に過ぎて、もうそろそろ解散という雰囲気。 こうやって楽しい時間を過ごすことも、もうしばらくできないのかなぁ、、と思うと、胸の奥がポッカリ空いた気分になった。 週3日のアルバイトだったけれど、色んな事があったなぁ。 色んな事を経験させてもらったと思う。 辛い時もあったけれど、先輩たちがいたから乗り越えられた事も沢山ある。 何より、こうやって集まって話をする時間が楽しかった。 みんなには感謝してもしきれないくらいだ。 そう思うと、無意識に涙が溢れて来た。 そんな私を見て、みんなが優しい言葉をくれる。 「また会おうよ!いつでも会えるって!!」 香さんがそう言うと、みんな、頷いてくれる。 「みなさんには本当に感謝しています。ありがとうございました。」 溢れる涙をぬぐいながら、みんなの顔を見渡すと、香さんも真紀さんも、涙ぐんでいるのがわかった。 「おいおい、おまえらまで泣くなよ。せっかく、就職頑張れって応援する会なんだから。 響ちゃん、頑張ってね。みんな応援してるから。」 中川さんの優しい言葉にまた涙が溢れる。 「大学で待ってるから!またこうやってご飯行こうよ!」 斎藤君もそう言ってくれている。 温かい人たちに恵まれて、幸せなバイト生活を送ることができた。 私は幸せ者だ。 みんな応援してくれている。 その気持ちにも応えたい。 絶対受かろう。 そう心に誓う。 「じゃあ、最後に乾杯しよう!」 香さんが涙を拭ってみんなに声をかけてくれる。 「響ちゃんの就職が決まることを願って乾杯!!」 「かんぱーい!!!」 ありがたいな。 みんなと働けて本当に楽しかった。 とても幸せな気分だ。 よし、頑張ろう。 試験まであと1カ月。
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