第1章 明日香と菜摘

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(ユウ) 今日菜摘さんの所に向かう明日香が心配で、僕は菜摘さんの家の前にある公園で待つ事にした。 何時に来るのかな? パソコンに書かれたメッセージには、時間が書いてなかったけど、そんなに早く無いだろうと思ってはいたが、朝の8時に公園に着いていた。 それにしても遊具も置いてなく、ゲートボールをやるぐらいの敷地しかない公園なので、誰も人が来ない。 でも、この公園には僕の思い出がいくつかあった。 中学の時に、捨て猫の面倒を見ていたり、菜摘さんの交際の申し入れを断ったのも、この公園だった。 捨て猫は、雪が降ってきた時に、寒かろうと公園に急いで行った時に居なくなっていたが、菜摘さんが拾ってくれて今でも飼っている。 拾った日に雪が降っていたから名前も「ユキ」なんだろうと分かった。 そんな優しい菜摘さんが・・・ 早く元の菜摘さんに戻って欲しい。 すると後ろから 「ニャー」 同時に心の声が聞こえる。 (お父さん) 捨て猫のユキだ。 動物の声が聞ける事を知ったのは、福島で熊に遭遇した時に分かった。 人は言葉で聞けるのだが、動物の場合は、感覚が伝わって言葉を感じる。 (どうしたの?家を出て菜摘さんが心配しない?) (うん。外に行きたいと言うと、出してくれるんだ。) (そうなんだね。でもいい人に育ててもらって良かったね) (うん。凄くいい人だよ。) 僕の家は父が亡くなっていて、母しか居ない。母も看護師で夜勤があるので、動物を飼う事は出来なかった。 夜勤の時は、一人で寂しい時間を過ごしていたが、 もしその時に能力があって、猫を飼えていれば、動物と話しが出来る生活になるので、夜勤で1人になる時間も、きっと嫌では無かったかも知れないと思うのだった。 (お父さんどうしたの?) (ううん。何でもないよ。ちょっと考え事しちゃった。) (お父さんは、何でなっちゃんと恋人にならなかったの?) 猫が恋人なんて (どうして?) (なっちゃんは、前からお父さんの事が好きだったから) (そうか、ただね。 僕もそれだけ好きな人がいたんだよ。) (じゃあ、もういないんだったら、なっちゃんの恋人になってあげてよ) (ダメだよ。僕は死んじゃってるんだから、恋人にはなれないよ) (何で?) そんな事は、考えた事が無かった。 (結婚も出来ないし、何かあっても助ける事も出来ないから、僕は恋人になる事は出来ないんだ。) (そうなんだ。また、なっちゃん悲しんじゃうの?) その言葉は胸に突き刺さった (うん。多分・・・) ユキの言う通りだ。やっぱり、僕がいる事を伝えたのは、まずかったと後悔したのであった。 (じゃあ、なっちゃんの所に戻るね。) そう言って、走り去っていく。 まさか猫がここまで、物事を考える力がある事にビックリしつつも、自分が菜摘さんを苦しめる事になる事への罪悪感を感じた。 あっ圭だ! コンビニのバイトに行くのだろう、圭が公園を横切って歩いていった。 ちょっとだけなら目を離しても大丈夫かな? 僕は圭の後を追って行く。 案の定、コンビニに入って行く。僕もこのコンビニでバイトをしていたので、懐かしさを感じつつも、入っていった。 圭と同じ時間に、大学生の二人組が同じ時間のシフトだったみたいで、3人で業務を行う。 ちょうどお昼時期とあって、コンビニも賑わっていた。 手助けしようにも、物を触れない僕は、ただ眺める事しか出来ない。 やっと13時をまわって、店内は落ち着きを見せていた。 レジは圭だけが残り、大学生の二人組は、奥の休憩室で飲み物を飲んでいる。 どんな事を話しているんだろう? 僕は、いけない事と分かっていたが、盗み聞きをしてしまう。 「なあ。菜摘ちゃんが失恋したみたいだぞ」 ? 「マジで、俺アタックしちゃおうかな?」 ! 「お前は彼女居るだろ?」 「別にいたって関係ないでしょ。遊びなんだから」 「何言ってるんだよ!俺が狙うって言おうと思って話したんだぞ!」 「お前だって彼女いるだろ?」 「それは関係ないだろ!どっちが本命になるか、付き合ってから決めるんだから」 何だ?何言ってるんだ! 僕は、信じられない言葉を聞いて、耳を疑った。 二人とも有名大学に通う程に頭が良くて、明るく優しい人達だと思っていただけに、あまりに思っていたギャップに戸惑う。 その時 「あっ猫が入って来やがった!」 と一人の大学生が叫ぶ。 それを聞いて、圭が休憩室にやって来た。 「この猫は菜摘さんが飼っている猫ですよ。」 と言って、ユキを抱きかかえて、外に連れ出そうとする。 ユキは僕に向って (お父さん、なっちゃんの所に、すぐに言って!) あっ!明日香! 僕は菜摘さんの部屋に行くと、菜摘さんが凄まじい形相で部屋のドアを睨んでいる。 僕は恐る恐る耳元で声をかける。 (菜摘さん?) 慌ててドアを向いていた顔が僕の方を見る。 ドアの向こうでは 「明日香、大丈夫?」 等の声が聞こえた。 そしてすぐに階段を降りる音が聞こえる。 (菜摘さん、何かあったの?) (明日香が来たの。帰ってって言ったのに帰ってくれなくて、つい・・・) (えっ?ついって?) (ちょっと首を絞めるイメージを持ったら、何故か苦しみ出しちゃったの) (えっ!) 僕は心配になり、明日香の所に行こうとしたが (ユウ!行かないで!) まるで見えていたかの様に、行くのを止まられる。 (菜摘さん・・・) (良かった。まだ居てくれたのね。 ごめんね。 私、明日香ちゃんの事を恨むのをやめようと頑張って見たんだけど、日々憎しみが増幅して行くの。 少し良くなって来たと思うと、頭が痛くなり変な声が聞こえてきて、明日香が悪いとか、お前も殺されるとか、明日香ちゃんを恨む心をあおる声が聞こえるの」 (あおる声?) (うん。本当だよ。ユウ、信じて) (うん。信じるよ。) (私、自分が怖い。ユウ、助けて!)
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