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レモン味の飴を口に入れる。
実物のレモンとは程遠く、甘さが強くて飾りのように酸味を感じる。
初めてのキスはこんな味なのだろうか。
私は飴を口の中でゆっくりと転がした。
私の視線の先には須藤先生がいる。まだ若くて物腰が柔らかく、顔もそこそこイケメン。須藤先生は女子から人気の先生と言っていい。
でも私は嫌いだ。誰にでも愛想のいいところも、イケメンの自覚がない笑顔も。
私だけは騙されてやらないんだから。
「大河内!」
私の視線に気づいたのか、須藤先生がこちらを向いて手を挙げた。私はレモン飴を噛んでしまった。二つに割れたレモン飴を口内の隅に追いやって、
「何ですか?」
と目前にまで来た須藤先生を私は見上げた。
「最近、数学調子いいね。以前は赤点ばかりだったと聞いていたけど、凄い進歩だと思うよ」
私は熱をもった頬を見られないようにそっぽを向いた。
数学が須藤先生だからだなんて思いたくない。
結局教師ってやつは成績のいい子が可愛いのだ。成績を上げると態度も変わる。
分かってる。
須藤先生もほら、こんな風に。
やっぱり須藤先生嫌いだ。
ゆっくり二つの飴のかけらを口の中で溶かす。
「何か舐めてるの?」
「レモン飴です。先生もいりますか?」
「じゃあ、一つもらおうかな」
須藤先生と同じ味のレモン飴。
まるで間接キスみたい。
そう思ったら、レモン飴がさらに甘くなったように感じた。
「大河内」
「はい」
「大河内が教室で嫌がらせを受けているとの情報があるんだけれど……」
須藤先生には知られたくなかったこと。
「大丈夫です。私、さほど気にしてません。無視されるのも一人が好きなので別に構わないし」
「じゃあ、やはり本当のことなんだね。大河内。俺じゃあ頼りにならないかもしれないけれど、話を聞くくらいはできるから。きつかったらヘルプを出すんだぞ」
偽善者だね。
先生たちにできることなんてない。下手に動かれると酷くなる。
でも。
須藤先生の時間を取れるならいいかも。
「たまに先生が話を聞いてくればいいです。先生は私の味方になってくれますか?」
「相手の言い分が分からないのでなんとも言えないけど、大河内が苦しんでいるなら、俺は大河内を助けたいよ」
私は微かに口角を上げた。
「『先生』らしいね」
だから須藤先生、嫌い。
だけど。
私はレモン飴を口の中で噛んで粉々にした。
「私、帰る。先生またね」
「また明日、大河内」
粉々になった飴は口の中であっという間に溶けた。
私の気持ちも溶けてしまえばいいのに。
須藤先生なんか大嫌いなのに。
須藤先生のことを気にしてる私はもっと嫌いだ。
了
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