地獄谷2

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地獄谷2

 戦うのは初めての経験だ。今までは大婆の古い仲間が戦っていて、式神達はその準備をしているばかりだった。だが不思議なことに朱雀の中には大婆の経験が自分ものとして残っている。式神は人ではないと大婆に言われてきた。確かに子供の頃の記憶が全くない。  朱雀は古老の村主に話しかける。 「大婆のものです。その女は盗賊の引き込み役です。速やかに女を縛り山に逃げてください」 と伝える。この辺りのものは戦いになるとさらに高く険しい山の隠れ家に籠るのが習慣だ。そこには必要な食べ物や武器も保存されている。村主は素早く女を縛ると呼子を鳴らした。するとどの小屋からも人が荷を背負って山に向かう。  だがその時法螺が鳴って馬の掛ける音が押し寄せてくる。少し遅かったのか。屋根から飛び降りると2人を連れて馬の音に向かって走る。すでに逃げ遅れた村人が8人切られている。崖道で馬の群れが止まっている。馬は20頭ほどで女子供を10人ほど縄で縛っている。そこに村主の娘の顔があった。逃げ遅れたのだ。  茂みの中を走って近くまで行く。式神の仲間が潜んでいる。 「盗賊じゃないぞ」  この声は蝦蟇だ。 「捕まったものを逃がす。馬の脚に吹き矢を吹くのだ」  次の瞬間馬が嘶き走り出す。飛び出した式神達は残された女子供の縄を切って山に逃がそうとする。だが馬の1頭が引き返してくる。式神が遮ろうとするが飛ばされる。この男だけが兜を付けている。もう一人式神が剣を突き出して飛び上がる。これも鋭い槍が串刺しにする。次の瞬間女と子供の3人の死体が転がる。朱雀が棒剣を2本指に挟んで投げる。朱雀の得意技だ。1本が僅かに遅れて飛ぶ。 「小癪な!」 の声で鋭い槍先が朱雀に迫る。朱雀の体が宙を舞う。だが払った兜の目に棒剣の1本が突き刺さっている。
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