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地獄谷1
ここは京の北東にある地獄谷で京から逃げて来た人達がひっそりと暮らしている。室町末期でもうすぐ戦国時代に突入する。この頃は京の人はここは京ではなく人外の世界と思っていた。谷の入り口から頂きまで根道が続き小さな小屋がパラパラと続いている。その一番上に小さな社がある。
社の扉を開けると篝火が燃えている。一心に唱えているのが白髪の髪が床まで垂れている。大婆と言われているが年齢は分からない。陰陽道の宗家の長男賀茂光栄の娘と言われているが家系には載っていない。男女の双子として生まれ幼い頃川に流されたという。若い頃は男として京で盗賊として働いていたという。その仲間がまだ谷にはいる。
「朱雀、みんなを呼んでくるのだ」
大婆の声は普通の人には聞こえない。朱雀を始めここにいる子供は15歳から18歳で7人いる。大婆曰くすべて式神と言うことだ。名前はまだ朱雀以外与えられていない。朱雀はごく最近与えられた試練を潜りこの名を与えられた。朱雀も女だが男として育てられてきた。朱雀は仲間内の合図の笛を吹く。これも人には聞こえない。それぞれ合図を伝えることができる。
どこにいたのか6人が揃う。この中には朱雀と同じ女で男になっているのが2人いる。
「下の村が襲われる夢を見た。朱雀はみんなを使って知らせるのじゃ」
この周辺の村は大婆が祈祷に回っていて供え物を貰っている。天変地変を占い、盗賊を追い返したり繋がりは厚い。だが彼らからは人外のものとして恐れられている。朱雀は去年の春の豊作の祈祷に付いていった。
「行くぞ」
朱雀の声で7人が走り出す。根道を2刻走るとここで川が途切れる。大岩が塞がっていてその底を水が流れる。樵も漁師もここから上には入れない。朱雀たちは岩の周りに張られたしめ縄を伝い滝の上に出る。滝の上からも1本の鎖がぶら下がっている。この仕掛けは大婆が若い時に作ったものだ。
この下の川幅は少し広くなっている。だが辺り一面に霧が出ている。村はこの奥にある。だがいつもと違う異様な空気が流れている。
「蝦蟇は村の周りを見張るのだ」
その声で4人が四方に散らばる。朱雀はさらに川道を下る。陽が陰り始めている。ところどころに小屋が見えてきてここの村主の母屋の屋根が見えている。朱雀は2人を前後に潜ませて屋根に上る。万が一すでに襲われていた時のことを考えた。こういうことは大婆が夢の中で教えてくれる。これは古い合戦を見ているようだった。
母屋の中は見慣れた老主人がいて妻が食事の用意をしている。何ら変わる様子がない。ただ部屋の隅に布団が敷かれていて見慣れぬ女が眠っている。
「その女はくノ一だ。引き込み役だぞ」
と大婆の声が聞こえてきた。
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